統一原理の生活化

統一原理の生活化

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解散命令で感じる事が色々ある。

教会は今まで社会悪と捉えられていた。しかし岸田首相が独断で決めた事はまさに国家迫害になる。それはいよいよ国家復帰の段階に入った意味がある。


信仰の立場に立てば、艱難辛苦の中で真実の信仰が試されている事。ヨブの信仰を試されている。兄弟姉妹が慰め励ます事も良い。


私は以前に問うていた事がある。原理は真理か?例えどんな事があってもこの道は正しいと思うか?教会の責任者、全ての人がこの道は間違っていると言い、一人になってもこの道を貫けて行くか?今、私達に問われているはここである。


現在は集まる事が難しい。だから家庭が拠点となる。我が教会は以前から家庭集会、家庭礼拝をしていた。まさに家庭を中心とした組織を作るようになる。


統一教会は、全員が教会に集まり勉強してきた。あくまでも教会が中心となる。今は家庭連合であり、一つ一つの家庭が核となり組織が作らられる。まさに本格的に家庭中心の時代へ向かう。


また、なかなか全面的に伝道はやりにくい状態。そこでイスラームに学ぶことがある。キリスト教は宣教が中心となってきた。イスラームは伝道をしない。家庭で伝統を繋げて強勢が拡大してきた。


私ただは今までのやり方を反省し、家庭の中で確実に教育をして行く事が長わらる。まさに新しい組織に成すための神の摂理だと思う。



高裁では解散が決定されましたが、特別抗告をなし最高裁に向かって行きます。サタンは2数まで侵入する可能性がありますが原理的に可能です。

戦前の大本教の弾圧の際も2数まで敗訴しましたがしかも高裁での敗訴の後ダイナマイトで巨大な教団施設が粉々に破壊されました。これはサタンが長成期完成級でアダム、エバを殺したのに相当すると思います。

現在、教会は使用できなくなりました。ただ爆破する所までは行っていません。

所で韓国では再臨主を迎える為に新宗教が雨後の筍のように誕生日しましたが、日本でも同じように新宗教が雨後の筍のように新宗教が誕生しました。その根が大本でした。

復帰の道でサタンから打たれるのなら、徹底的に打たれないといけません。そうしてこそ逆転するのです。

大本は打たれて後は、3度目には完全に勝利しました。今回は信教の自由に違反するという憲法違反の理由で上訴し、2027年の摂理的峠を超えて行くでしょう。
裁判結果は春には決定するようだ。裁判官が世論や政治に左右されてはいけない。日本が民主国家になるかどうかの方向を決める。

この裁判は蕩減復帰をなす摂理でもある。お父様のダンベリーの裁判の時は、教会側は陪審員裁判は拒否した。一般国民の人種差別などが影響するからだ。しかしそれは拒否されて結果的には敗訴となった。

そしてイエス様が十字架にかけられた裁判では、罪を訴える事実の証拠がななかった。しかし国民の暴動を恐れて裁判長はその立場から逃げた。

この二つの裁判を蕩減できるかが今回の裁判となる。摂理上の最後の21年路程の長生期完成級の時に当たる現在の最後の峠を越える今の時である。

全ては神の手中にある。恐れず心配せず、不安に思わず堂々と前進する時である。