家と祭り | laphroaig-10さんのブログ

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家と祭り



人間は、中心も境界もない広漠とした空間に住むことはできません。家という「うち」なる世界を築き上げて生活の場としています。そのような家を建てるにあたっては、まず土地を開拓しなければなりませんし、命ある樹木を伐採しなければなりません。いわば人間が生きていくためにはなんらかの自然破壊を伴うものですが、日本人は古来自然を恐れ謹みつつもその恵みに感謝して、家にかかわるさまざまな祭りを行ってきました。


新たな土地の開発にあたっては、土地の神々を鎮め和めるための「鎮祭」(地鎮祭・地祭)が今日でも広く執り行われています。古代の宮殿の用材の伐採に際しては忌み清められたが用いられ、かつ木の本や末は山の神に奉られました(延喜式祝詞)。木一本伐採して利用するのにも、聖なる業としてそれを伐り、木そのものを山の神の賜り物として感謝する信仰がうかがえます。このような信仰と自然と人とをつなぐ祭りに支えられて、日本の森は守られて来たと言えます。

そして森の恵みである樹木やなどで造られた家そのものも、

 「屋船久々遅命(やふねくくのちのみこと)(木の神)

 「屋船豊宇気姫命(やふねとようけひめのみこと)」(稲の神)

と、神として祭る対象となり、家の安泰が祈られました(大殿祭祝詞)。また、

  庭中のあすはの神にさし

    はははむ帰り来までに

      (万葉集、巻二〇・四三五〇)

との歌から旅の安全を祈るにあたっては、家の前庭で「あすはの神」(敷地の神)を祭ったことがうかがえます。現代では、何か願いごとがあれば神社などに詣でますが、昔は家自体が祭りの場でした。

時代が降ると、家の中心や境界的な各所にさまざまな神が祭られるようになります。伊勢大神宮をはじめ、えびすや大黒(福の神)、納戸神(火の神)、厠神(安産の神、厩神、井戸神(水の神)、年徳神、倉の神。正月や盆には、臨時の神棚を設けて(正月様)や精霊様(ご先祖)を迎えます。

今日ややもすれば「家」は単なる住む箱とのみ捉えられがちですが、古来の信仰を踏まえた「地鎮祭」や「上棟祭」「竣功(工)祭」などの祭りを通じて、家は聖化されますし、神棚に氏神様のお札や伊勢の神宮大麻(お札)をお祭りすることによって、「うち」での生活のしっかりとした中心も生まれるものと思います。