外へ出てふと気がつくと
ざぁぁああぁぁ ざぁぁああぁぁ
と音がする
あぁしおさいだ
浜辺から近くはないのに
ゆっくりと満ちたり 引いたりしながら
やさしい波が押し寄せる
耳をすませると
ほかにも虫の鳴声 かえるの声
たまに遠くで車が走る音が聞こえてくる
夜のとばりが下りた中
その小さな 静かな音たちにしばし耳を傾ける
こんなにもゆるやかに おだやかに時が流れていたのかぁ
外へ出てふと気がつくと
ざぁぁああぁぁ ざぁぁああぁぁ
と音がする
あぁしおさいだ
浜辺から近くはないのに
ゆっくりと満ちたり 引いたりしながら
やさしい波が押し寄せる
耳をすませると
ほかにも虫の鳴声 かえるの声
たまに遠くで車が走る音が聞こえてくる
夜のとばりが下りた中
その小さな 静かな音たちにしばし耳を傾ける
こんなにもゆるやかに おだやかに時が流れていたのかぁ
中学・高校生くらいの時、「一生懸命はダサい」と思っていた。
一生懸命にやっている人を見ると、
「ケッ、ダサッ!」と見下していた。
でもこころの奥のそのまた奥の方では、
「ちょっと羨ましいなぁ」とも思っていたと思う。
この歳になって初めて、ストリートダンスを一生懸命やり始めた。
それまでもジムでダンスのアクティビティに参加したり、
YouTubeを見ながら1人練習したりしていたので、
ダンスをしてきたという自負が自分の中にはあった。
しかしダンススクールに行き始めた頃、
「お前のダンスはダンスじゃない!ただの運動だ!」
先生から言われた。
ショックだった。
誰もいなくなったスタジオで、タオルで顔を覆い、1人泣いた。
一生懸命がダサいんじゃない。
一生懸命やって失敗するのが恥ずかしい、
カッコ悪いと思っていたのだ。
そして何より「失敗するのが怖かった」のだ。
「失敗するのが怖いと思っている自分」が、本当はダサかったのだ。
それが「一生懸命やって失敗するのがダサい」
とこころの中で省略され、
それがまた省略され「一生懸命がダサい」
と思い違いをしていたことに、今になって気づいた。
様々な経験を重ね、今失敗は怖いものではなくなった。
「失敗を幾度となく繰り返しても、成功するまで諦めなければ、
それは成功するための一過程に過ぎない。」
今はそう思える。
「高校生の自分」が「今の自分」を見れば、「ケッ、ダサッ!」
と思うだろうが、誰知れずニヤリとしているに違いない。
ダンスと真剣に向き合ってわかったこと。
「努力が報われるとは限らない。
しかし、努力しないと結果はついてこない。」
ということ。
風呂に入っている時、ノーベル文学賞作家カミュの作品
「ペスト」がふと頭に思い浮かんだ。
気になってネットで検索すると、在庫切れが続出しているらしい。
他の人も考えることは同じだったみたい。
こんな時にこそ読みたくなる本だと思う。
同じ在庫切れでも、トイレットペーパーよりも
こちらの方がセンスがあると思ってしまう。