他人からの評価 | 『こころとからだと人と自然と。』

『こころとからだと人と自然と。』

人生5回も死ぬ目に遭えば、否が応でも強く、しなやかになる。
人生を楽しみながら歩く錦ちゃんのブログ。

他人からの評価は人にとって大事なことの一つなのかもしれない。





他人から受ける評価を全く気にしないという人はいないだろう。





何故なら良く評価されるということは、人から認められるということだ。





人から認められたいという気持ちは人の大切な欲求の一つだ。





その評価の判断材料として、男性では地位や名誉、富などが挙げられる。





子供を持つ女性では、自分の子供の評価が自分の評価となる。





学力は地位や名誉、富を獲得する為の大きな武器の一つだと言えよう。





そのために親は子供に学力をつけさせたいと願う。





評価とは自分がするものではなく、他人がするものだ。





よって自分の力でどうこうできるものではない。











また人からの評価が高いとオプションがついてくる。





例えば自分が失敗をしてしまっても、





周りは「きっと何か考えがあってのことだろう。」と良い方にとらえ、





失敗だとは思わない。





また困った時に助けを求めれば、多くの人が救いの手を差しのべてくれる。





逆に人からの評価が低い時もオプションがついてくる。





たとえいいことをしたとしても、周りからは「何か裏があるんじゃないか?」





「何か騙されるかもしれない。」と悪い方にとられ、いいことだと思われない。





また困っていても誰も見向きもしてもらえない。











こういったオプションもあるせいか、人は評価を上げたいと願う。





評価を上げるのはものすごく大変だが、下げるのは簡単だ。





しかし人は自分の評価を上げたいと願いながらも、





時として逆に評価を下げるような行動をとることがある。





我儘な言動、自分だけ楽しようとする言動、





自分だけ利益になる言動をする場合、評価がことごとく下がる。





欲求は大切なものではあるが諸刃の剣だ。





行きすぎると我儘になり、その我儘がより大きな自分の欲求を制限する。





評価は確かに重要なことの一つではあるが全てではない。





しかし我儘な言動で敢えて自分から評価を下げる必要もない。





ほどほどがよい。





しかしほどほどがむつかしい。


$未熟者でいいじゃないか