僕は毎日決めている約束事がある。
毎日同じ時間に起きること。
お経をあげること。
両親に感謝すること。
家族とそして僕を取り巻く人たちに感謝すること。
昨日も何事もなく無事に過ごせたことに感謝すること。
朝ウォーキングをすること。
朝・昼・晩3食出来るだけ毎日同じ時間にとること。
毎日決めているといっても、出来ないことも多い。
ただ意識していることが大切な気がする。
意識していれば、出来なくても次の日にまた元に戻せばいいと思うだけなのだ。
自営業という性質上休みはないが、結構自由が利く。
その自由が時として問題なのだ。
約束事を自分で設けていないと、少しずつ流されていってしまう。
少しずつ夜更かしするようになったり、3食ちゃんととらなくなったり・・・・
僕はとても弱い人間なのだ。
だからある程度「型」にはめないと、流されてしまうのだ。
20代の頃は「型」なんてくだらないと思っていた。
しかし「型」が重要視されている世界がある。
歌舞伎の世界だ。
様々な動作・所作をする時には必ず「型」がある。
「型」はとても大事なものなのだそうだ。
自分らしさを出そうとして、何でもやっていいということではないらしい。
何でもやっていいということになると、それは歌舞伎でなくなってしまうからだ。
だから「型」が大切になってくるという訳だ。
そして「型」が自然体で身についた時、初めて自分らしさを表現できる。
「型」を知った上で自分らしさを表現する為に敢えて「型」を破る。
「型破り」だ。
「型破り」は型を身につけていないと出来ないのだ。
話がだいぶそれてしまった。
話を戻そう。
毎日同じことをしていると、小さな変化でも気付きやすくなる。
お経をあげるということは、自分の心の声を聴くということなのかもしれない。
心の在り様は日々変わる。
一日の内でも目まぐるしく変わったりすることがある。
そこで良くも悪くも自分の感情や心の在り様を一旦リセットするために、
お経をあげる。
リセットすると、昨日の自分の心がどうだったのかわかりやすくなる。
イライラしてたなぁとか、不安だったんだなぁとか、悲しかったんだなぁとか・・・
負の感情でもリセットしてしまうと、それは過ぎてしまったものになる。
朝のウォーキングは体の声を聴くということなのかもしれない。
自然に包まれながら歩いていると、不思議と自分の体の調子がよくわかる。
今日はちょっと右足のひざに違和感があるなとか、左の腰にハリがあるなとか、
なんか胃の調子が悪い・・・あっ!昨夜ご飯を遅く食べたからだ・・・とか・・・
自分の中の変化はごく小さなものだ。
小さいけれどもこれをおざなりにすると、
ゆくゆくは大変になることを知っている。
『自分のことは自分が一番よくわかっている』というのは本当だろうか?
四半世紀以上過ぎてようやく自分のことが少しわかってきた。
深淵なりきはわが心かな

