自分自身が、ガラにもなく演劇というものをやりたがっている。
そのことを、今は徹司は肯定的にとらえるようにしていた。
新しいことへの挑戦。
未知の世界の体験。
自分が変われるかもしれないという期待。
――自分自身を納得させるだけの完全無欠の理由は、そろえてあった。
が。
それが、違っていたとしたら。
単に、「朋子のため」という理由だったとしたら。
「違う!――そんなことは……ない……」
廊下を歩きながら、徹司は小さく一人ごちた。
そんなことは、あってはならなかった。
徹司にとって、劇をやってみるということは、今までの自分の価値観をひっくり返すほどの決断ともいえる。それが、ただひとりの女の子のためだなどと、徹司には認めることが出来なかったのだ。ましてや、朋子への恋愛感情など意識したことがなかったのである。
――少なくとも、この時までは。
混乱した思いを抱えたまま、徹司は部室の扉を開いた。
「お、モモ、久しぶりじゃん」
と声をかけてきたのは、外村だった。
「や、ソトム。そっちこそ久々だな」
「ちょっと体動かしたくなって――モモ、なんかあった?」
「ん?」
「なんか不景気な顔してるね」
徹司は思わず苦笑いした。
「あは、鋭いな。ちょっとね……今日は、ストレス発散だな」
それを聞いた外村は、ニヤリと笑った。
「じゃあまあ話は後で聞かせてもらうとして……、PTの勝負でもしようか?」
「お、いいな。ちょっと待ってて、すぐ着替える」
答えて、徹司は手早く着替え始めた。
どこの高校でもそうかもしれないが、大金高校も学校指定のジャージというものがある。体育の時間などに着るものだが、御多分に洩れず、センスのいいものとはいいがたい。ごくシンプルなデザインで、学年ごとに色分けされている。徹司たちの学年は、紺色である。
そのため、ほとんどの運動部では、それぞれの部活ごとにその部のオリジナルのジャージをそろえている。ただ、ハンドボール部は伝統的にそのあたりがしっかりしていない――つまり適当な部で、部内で代々決められているジャージ、といったものがなかった。
だから、徹司たちの学年はしばらくは学校のジャージで練習を続け、やっぱり部でジャージをそろえよう、ということになったのは、半年以上経ってからの事だった。
みんなでカタログとにらめっこした結果、最終的に「kappa」ブランドが選ばれた。
黒を基調として、白と青のラインがほどこされていて、徹司も一目見て気に入ったデザインだった。
そのジャージも、すっかり汚れちまったな、と、徹司はあらためて思う。なんといってもハンドボールは、滑り止めの松ヤニを使うし、接触も激しいスポーツだから、ジャージの汚れもやはり激しい。松ヤニの汚れは簡単に洗ったくらいでは落ちないから、汚れも増える一方なのだ。
もっとも、いちいちジャージの汚れなどを気にするような繊細な性格を持ち合わせているような人間は、少なくとも今のハンドボール部には在籍していなかったから、問題になったことすらない。
着替え終わった徹司は、急いでシューズをはき、外で待っていた外村におまたせ、と声をかけ、コートに向かった。