>私は地元に十分溶け込んでいると勝手に思っているが、一族(ファミリー)の一員には決してなれない。
>長い植民地生活を経験して自分たち以外を信じない習慣が根付いていると受け取っている。
>タガログ語でTayoは我々を意味するが、異邦人の我々はIban Taoと呼ばれTayoには入れてくれない。
以上はパナボさんのブログより
引用・転載しました。
ヴィサヤ語が出来ると私の様に
ハポン・ペロ・ヴィサヤ・ナ・シャと
呼ばれて Iban Taoとは呼ばれません。
一族の誰か
例えば市長の叔父などが
私を見つけると、
エアコンの有る広い居間に
私を招き入れてくれます。
なので
私は日本人の同行者は伴わないで
単身でパーティに
乗り込むことにしています。
2人の同伴した日本人が
居なければパナボさんも
もう1ランク良い扱いをされたと
思います。
スキルの低い同伴日本人は
私達の厚いキャリアとスキルを
大きくスポイル損ないます。
まぁ英語で話してる内は
ずっとIban Taoのままですね。(^_^;)
>長い植民地生活を経験して自分たち以外を信じない習慣が根付いていると受け取っている。
>タガログ語でTayoは我々を意味するが、異邦人の我々はIban Taoと呼ばれTayoには入れてくれない。
以上はパナボさんのブログより
引用・転載しました。
ヴィサヤ語が出来ると私の様に
ハポン・ペロ・ヴィサヤ・ナ・シャと
呼ばれて Iban Taoとは呼ばれません。
一族の誰か
例えば市長の叔父などが
私を見つけると、
エアコンの有る広い居間に
私を招き入れてくれます。

なので
私は日本人の同行者は伴わないで
単身でパーティに
乗り込むことにしています。
2人の同伴した日本人が
居なければパナボさんも
もう1ランク良い扱いをされたと
思います。
スキルの低い同伴日本人は
私達の厚いキャリアとスキルを
大きくスポイル損ないます。
まぁ英語で話してる内は
ずっとIban Taoのままですね。(^_^;)