銀座で画廊をやっている方のメールマガジンを読んでいる。
美術は、人と違っているところに価値があるのだと堂々と書かれていて頼もしいと思った。
頼もしい、と思うのは
人と違っている事、個性の価値や自由である素晴らしさの中に
まだ信じていてもいいのだな、というモダニズムの価値を見て、安心するからだ。
私は日本人だ。しかし、奇妙な日本に生まれてきたものだと、日本の美術を学びながら思う。
そもそも、日本の美術に触れたくても、触れられたかどうか。
小さい頃に、親がこれぞ美術といって見せてくれたのは印象派だった。
親も教師も、おそらくは周囲の誰もが、西洋風である事に憧れた。
お金持ちの家にはシャンデリアがあり、暖炉を模したものがあり、
美術の先生は皆、抽象表現主義こそ芸術だといい、岡本太郎はスターだった。
私はいつも床の間を見て寝ていた。
床の間には、作者は知らないが虎の水墨画の掛け軸があった。
模写させて下さいという画家が現れて、貸した事もあった。
(高価なものだったらしく、おそらく家が借金で差し押さえられた時、一緒に差し押さえられたと思う)
ブルーノ・タウトの「日本文化私観」は1933~1936年、日本に滞在したドイツの建築家が書いた。
モダニズムの建築家の、外国人の目から見た日本文化論だ。
これと、最近の社会学者の新書で出している日本考、1971年に板坂元氏が書いた「日本人の論理構造」
を読むうち、私はうちひしがれるような自分のバイアスに気付いた。
それは、自分がずっと信じて疑わなかった、個性や進歩、頑張るという事自体
元来日本的なものではないのだろう、という事だ。
おそらく閉塞感の中、今の若い世代は、1920~1930年代に一度味わったはずの絶望感に似たものを感じているだろう。
もちろん、近代合理主義に対する挫折感や反抗心は、経済学者がそれを確立して以来、西洋にも全く無かったというわけではない。
反骨精神は芸術至上主義の中に残った。
精神医学はそれを分裂症やヒステリーや鬱だと診断して、なんとか世の中に迎合させようと苦慮した。
ブルーノ・タウトの指摘によれば、日本人の文化にはメランコリーが無いそうだ。
それは言える。聖書が無いのだから仕方ないが。
逃避ですら、努力したり進歩したりする事をめざさない「頑張らない」ですら
元来日本人にとっては、憂慮の必要のない事であり
床の間という無駄な空間を楽しみ、無駄な時間を自然として楽しむ
おそらくそういう、変化と進歩よりも保守的で牧歌的な国民性を持っているのだろう。
今、私の自宅に床の間はあるが、実は「物置」と化している。
ただでさえ増え過ぎた物の収拾がつかなくなっているところに、このスペースの意味を問うからだ。
本来なら、その意味は問われるべきではないのだろう。
何のためにではなく、依然として家屋に持ち込まれた「自然的余裕」
その無駄なもの、変化なく意味不明だが、あっていいもの。
「床の間」は、無駄で役に立たないが、花を活け、絵画を飾れる、美術的空間そのもの
だったはずだ。
日本的というのがどういうものかを
モダニズムに染められて育った自分が改めて見たわけだが
それでも全面的に、発展性が無く、ダラダラと様式だけを求める主体性の無さを
「これぞ素晴らしい」と賛美できないのは何故なのだろう?
維新の時、そして戦後。
やむをえずだったとはいえ、西洋のものを持ちこんでしまってグダグタになった
ブルーノ・タウトは言う。
「しからばこの冒涜の責任は、そもそもヨーロッパの文明に嫁すべきであろうか。
果たしてヨーロッパのみが、この責任を持つべきであろうか」
私達はもしかして、楽園からはとっくに追放されているのだろう。
元の日本に何もかもを戻そうとしてもそれはファンタジーにすぎない。
失われた「床の間」に代わる空間を
という事で
ウチではトイレの中に小さい絵を飾ったり、子供の工作を置いたりしている。
裏がトイレであっても、床の間はそれを浄化したのだという。
そういう「間」(ゆとり)を取り入れつつ
全てを「間」にしてしまわない事は肝心だろう。
床の間を演出するために何もかもを捨てたりしなくてもいいはず。
型を踏襲するのも素晴らしいが、違っているのもまた面白い。
江戸時代の貪欲なまでの「面白がり」な精神を持った日本人でいたいな、と思う。
美術は、人と違っているところに価値があるのだと堂々と書かれていて頼もしいと思った。
頼もしい、と思うのは
人と違っている事、個性の価値や自由である素晴らしさの中に
まだ信じていてもいいのだな、というモダニズムの価値を見て、安心するからだ。
私は日本人だ。しかし、奇妙な日本に生まれてきたものだと、日本の美術を学びながら思う。
そもそも、日本の美術に触れたくても、触れられたかどうか。
小さい頃に、親がこれぞ美術といって見せてくれたのは印象派だった。
親も教師も、おそらくは周囲の誰もが、西洋風である事に憧れた。
お金持ちの家にはシャンデリアがあり、暖炉を模したものがあり、
美術の先生は皆、抽象表現主義こそ芸術だといい、岡本太郎はスターだった。
私はいつも床の間を見て寝ていた。
床の間には、作者は知らないが虎の水墨画の掛け軸があった。
模写させて下さいという画家が現れて、貸した事もあった。
(高価なものだったらしく、おそらく家が借金で差し押さえられた時、一緒に差し押さえられたと思う)
ブルーノ・タウトの「日本文化私観」は1933~1936年、日本に滞在したドイツの建築家が書いた。
モダニズムの建築家の、外国人の目から見た日本文化論だ。
これと、最近の社会学者の新書で出している日本考、1971年に板坂元氏が書いた「日本人の論理構造」
を読むうち、私はうちひしがれるような自分のバイアスに気付いた。
それは、自分がずっと信じて疑わなかった、個性や進歩、頑張るという事自体
元来日本的なものではないのだろう、という事だ。
おそらく閉塞感の中、今の若い世代は、1920~1930年代に一度味わったはずの絶望感に似たものを感じているだろう。
もちろん、近代合理主義に対する挫折感や反抗心は、経済学者がそれを確立して以来、西洋にも全く無かったというわけではない。
反骨精神は芸術至上主義の中に残った。
精神医学はそれを分裂症やヒステリーや鬱だと診断して、なんとか世の中に迎合させようと苦慮した。
ブルーノ・タウトの指摘によれば、日本人の文化にはメランコリーが無いそうだ。
それは言える。聖書が無いのだから仕方ないが。
逃避ですら、努力したり進歩したりする事をめざさない「頑張らない」ですら
元来日本人にとっては、憂慮の必要のない事であり
床の間という無駄な空間を楽しみ、無駄な時間を自然として楽しむ
おそらくそういう、変化と進歩よりも保守的で牧歌的な国民性を持っているのだろう。
今、私の自宅に床の間はあるが、実は「物置」と化している。
ただでさえ増え過ぎた物の収拾がつかなくなっているところに、このスペースの意味を問うからだ。
本来なら、その意味は問われるべきではないのだろう。
何のためにではなく、依然として家屋に持ち込まれた「自然的余裕」
その無駄なもの、変化なく意味不明だが、あっていいもの。
「床の間」は、無駄で役に立たないが、花を活け、絵画を飾れる、美術的空間そのもの
だったはずだ。
日本的というのがどういうものかを
モダニズムに染められて育った自分が改めて見たわけだが
それでも全面的に、発展性が無く、ダラダラと様式だけを求める主体性の無さを
「これぞ素晴らしい」と賛美できないのは何故なのだろう?
維新の時、そして戦後。
やむをえずだったとはいえ、西洋のものを持ちこんでしまってグダグタになった
ブルーノ・タウトは言う。
「しからばこの冒涜の責任は、そもそもヨーロッパの文明に嫁すべきであろうか。
果たしてヨーロッパのみが、この責任を持つべきであろうか」
私達はもしかして、楽園からはとっくに追放されているのだろう。
元の日本に何もかもを戻そうとしてもそれはファンタジーにすぎない。
失われた「床の間」に代わる空間を
という事で
ウチではトイレの中に小さい絵を飾ったり、子供の工作を置いたりしている。
裏がトイレであっても、床の間はそれを浄化したのだという。
そういう「間」(ゆとり)を取り入れつつ
全てを「間」にしてしまわない事は肝心だろう。
床の間を演出するために何もかもを捨てたりしなくてもいいはず。
型を踏襲するのも素晴らしいが、違っているのもまた面白い。
江戸時代の貪欲なまでの「面白がり」な精神を持った日本人でいたいな、と思う。