約3年前。
プロコーチとして駆け出しだった頃の日記を
読み返してみました。
コーチとして、
原点に返ることは
とても大切だと思っています。
時に、
過去を振り返り、
また、新たな気持ちで
明日からもスタートしたいですね!!
3年前の自分の日記。
こんなことを書いていました。
+++++
コーチングを始めて
大切なことに気づく毎日。
そして思う。
誰だって、
自分のこと、心から信じたいんだ!
自分の可能性、広げたいんだ!
希望を持ちたいんだ!
って。
そして思う。
痛いと感じるのは、生きてるから。
転ぶのは歩いたから。
迷うのは進みたいから。
逃げ出したいのは戦ってるからなんだ。
一人ひとり、
本当に唯一無二の人生を歩んできた。
だから、一人ひとり
全ての人の人生がユニークでカッコいい!
そして、
仲の良い、あの人の心の1ページに、
僕と言う存在がいてくれるのは、
とても嬉しいことだと思った。
僕にとって、
仲間の存在は、大切。
今一緒に会話したりしている仲間とは、
どこでどのように出逢ったのだろう。
ほんの少し時間がずれていたら、
仲良くならなかったかもしれない。
ほんのちょっと住む場所が変わっていたら、
知り合わなかったかもしれない。
そして、
今まだ出逢っていない人たちとは、
これからどのように出逢っていくのだろう。
ほんの少し時間を多く、
人と触れ合うことができたら。
ほんのちょっと行動する場所を広くしたら・・・
人との出逢いは、
自分の可能性との出逢いでもある。
今の場所も大切、
これからの場所も大切。
今いる仲間たちとの時間も、
これからの仲間たちとの時間も、
ボクにとっては大切な時間。
いつか、どこかで、
もっとたくさんの人と出逢うことができる。
自分の心の故郷から旅立ち、
世界を広げていこう。
心が多くの人たちと触れ合うとき、
多くの可能性を秘めた出逢いが広がっていく。
そして、たまには帰ってこよう。
人は、帰る場所があるから、
安心して旅に出ることができるんだから。
子どもの頃、
暗い夜道を通って、
家にかえれたときのような安心感のように。。。。
まだ見たことのない、明日に対して胸を張り、
過ぎ去った過去の記憶の温かさを、全身に感じながら。
一歩。
そして、また一歩。
ボクは歩いて行きたい。
みんなと一緒に。
心の声に正直に・・・
Love&Honest
じゅん
+ + + + +
未来の可能性に
ワクワクすることも、
過去に自分が経験してきたことを
大切に生きていくことも、
コーチングでは
大切にしています。
そして、
あのときがあったから、
今の自分がいる。
ときに、
「できるかな?」
そう思うこともあると思います。
だけど私たちは今まで、
色んな困難も挫折も乗り越えてきました。
私たちの夢へのチャレンジを
どれだけ多くの人が応援してくれているのでしょうか?
「私たちが夢をあきらめない!」
そんな風に生きることで、
どれだけ多くの人を勇気づけられるのでしょうか?
そんな大人を見て、
子どもたちは、
何を思うのでしょうね?
じゅんコーチ
この前コーチングをした
小学6年生のMくん
M君は
小学校のサッカーチームのキャプテン。
お母さんがこのブログを見つけて、
コーチングを受けにきてくれました。
ありがと~!!
Mくんが話してくれた。
「この仲間のために、がんばりたいんだ!」
「勝ってお母さんに喜んでもらいたいんだ!!」
心に響きました。
日曜日の試合。
がんばってね!!
応援してるよ!!
さて、
Mくんのコーチングセッションを終えた時。
僕自身のエピソードを思いだしました。
+ + +
僕自身も、
小学校・中学校と
ずっとサッカーに明け暮れていました。

中学3年になった春。
今までは
試合にレギュラーとして
出続けていたのですが、
後輩が力をつけてきて、
試合に出れないときが続きました。
「こんなに一所懸命練習しているのに・・」
「俺の方が、できるのに・・・」
心の中でそう思い続け、
いつしか。
一所懸命練習するのが、
面倒くさくなってしまいました。
練習にも身が入らない。
仲間との信頼関係も薄れていく。
そんな中で、
練習試合があったので、参加しました。
3年である僕は、
Bチーム(2軍)
「なんでこんな試合に出なきゃいけないんだ。」
と、
適当にプレーをしていました。
そして、
試合が終わり、
煮え切らない想いを持ちながら、
ふてくされて家に帰りました。

すると、
試合を見にきてくれていた
母にいわれたんです。
+ + +
ちなみに、
僕の両親は、小学校の時代から、
週末になると必ず、
僕の試合を見にきてくれていました。
今だから分かるのですが、
当時は週休1日。
仕事で疲れている中、
見に来てくれたこと。
大変だったと思います。
でも、
本当に、
嬉しかった・・・
母は言いました。
「じゅん、どうしたの?」
僕は、
せっかく見に来てくれているのに、
Aチーム(1軍)の試合に出ることができない。
活躍を見せたかったのに。。。
そんな想いを持ちながら、
「監督が、僕を出させなくて、
イライラしてるんだ!」
と言いました。
すると母は、
にこっと笑って、
「私はね、試合に出ている
じゅんを見に行っているんじゃない。
じゅんが活躍している姿を見ているんじゃない。
私はね、
試合に出れなかったかもしれないけれど、
みんなのために、一所懸命やっているじゅんが見たい。
仲間のためにポカリを作って、
一所懸命運んでいる姿だって見たい。
「がんばれっ!」って
仲間のこと、応援しているじゅんが見たい。
試合に出れなくたって、
もう一度、がんばってみようよ!
私は応援してるからさ。」

(部屋を飛び出して、
涙があふれました。)
自分の良さって、
そこだな!って思いました。
母が気づかせてくれました。
僕に特別
サッカーの才能があるわけではない。
勉強ができるわけでもない。
だけど、
「仲間の力になりたい!」
「人の役に立ちたい!」
その気持ちは、
誰にも負けないということ。
もう一度、
立ち上がろうと思いました。
チームメートに謝り、
先生に謝り、
一所懸命練習に打ち込みました。
+ + +
中学3年の夏。
中学生活最後の大会。
僕は、
レギュラーとして
試合に出ることができました。
競い合った後輩も
僕のことを応援してくれました。
世田谷区で、
2位になることができました。
あの頃の仲間。
そして、
あの時、母が行ってくれた言葉。
僕の一生の宝物です。

+ + + +
その経験は、
今のコーチとしての仕事にも
活きています。
母はコーチングのことなんて、
ほとんど知らないけれど、
僕にとって、
目指すべきコーチ象なんです。
だから、
一所懸命がんばっている
小学生。
応援したい。
母が僕にしてくれた
関わり方のように\(^_^)/
それが、
どれだけ嬉しくって、
どれだけ勇気づけられるかを。
知っているから。
・・・
プロのコーチとして、
サポートできると言うことは、
とても幸せなことです。
毎日が
感動と興奮に溢れています。
じゅんコーチ
小学6年生のMくん
M君は
小学校のサッカーチームのキャプテン。
お母さんがこのブログを見つけて、
コーチングを受けにきてくれました。
ありがと~!!
Mくんが話してくれた。
「この仲間のために、がんばりたいんだ!」
「勝ってお母さんに喜んでもらいたいんだ!!」
心に響きました。
日曜日の試合。
がんばってね!!
応援してるよ!!
さて、
Mくんのコーチングセッションを終えた時。
僕自身のエピソードを思いだしました。
+ + +
僕自身も、
小学校・中学校と
ずっとサッカーに明け暮れていました。
中学3年になった春。
今までは
試合にレギュラーとして
出続けていたのですが、
後輩が力をつけてきて、
試合に出れないときが続きました。
「こんなに一所懸命練習しているのに・・」
「俺の方が、できるのに・・・」
心の中でそう思い続け、
いつしか。
一所懸命練習するのが、
面倒くさくなってしまいました。
練習にも身が入らない。
仲間との信頼関係も薄れていく。
そんな中で、
練習試合があったので、参加しました。
3年である僕は、
Bチーム(2軍)
「なんでこんな試合に出なきゃいけないんだ。」
と、
適当にプレーをしていました。
そして、
試合が終わり、
煮え切らない想いを持ちながら、
ふてくされて家に帰りました。
すると、
試合を見にきてくれていた
母にいわれたんです。
+ + +
ちなみに、
僕の両親は、小学校の時代から、
週末になると必ず、
僕の試合を見にきてくれていました。
今だから分かるのですが、
当時は週休1日。
仕事で疲れている中、
見に来てくれたこと。
大変だったと思います。
でも、
本当に、
嬉しかった・・・
母は言いました。
「じゅん、どうしたの?」
僕は、
せっかく見に来てくれているのに、
Aチーム(1軍)の試合に出ることができない。
活躍を見せたかったのに。。。
そんな想いを持ちながら、
「監督が、僕を出させなくて、
イライラしてるんだ!」
と言いました。
すると母は、
にこっと笑って、
「私はね、試合に出ている
じゅんを見に行っているんじゃない。
じゅんが活躍している姿を見ているんじゃない。
私はね、
試合に出れなかったかもしれないけれど、
みんなのために、一所懸命やっているじゅんが見たい。
仲間のためにポカリを作って、
一所懸命運んでいる姿だって見たい。
「がんばれっ!」って
仲間のこと、応援しているじゅんが見たい。
試合に出れなくたって、
もう一度、がんばってみようよ!
私は応援してるからさ。」
(部屋を飛び出して、
涙があふれました。)
自分の良さって、
そこだな!って思いました。
母が気づかせてくれました。
僕に特別
サッカーの才能があるわけではない。
勉強ができるわけでもない。
だけど、
「仲間の力になりたい!」
「人の役に立ちたい!」
その気持ちは、
誰にも負けないということ。
もう一度、
立ち上がろうと思いました。
チームメートに謝り、
先生に謝り、
一所懸命練習に打ち込みました。
+ + +
中学3年の夏。
中学生活最後の大会。
僕は、
レギュラーとして
試合に出ることができました。
競い合った後輩も
僕のことを応援してくれました。
世田谷区で、
2位になることができました。
あの頃の仲間。
そして、
あの時、母が行ってくれた言葉。
僕の一生の宝物です。
+ + + +
その経験は、
今のコーチとしての仕事にも
活きています。
母はコーチングのことなんて、
ほとんど知らないけれど、
僕にとって、
目指すべきコーチ象なんです。
だから、
一所懸命がんばっている
小学生。
応援したい。
母が僕にしてくれた
関わり方のように\(^_^)/
それが、
どれだけ嬉しくって、
どれだけ勇気づけられるかを。
知っているから。
・・・
プロのコーチとして、
サポートできると言うことは、
とても幸せなことです。
毎日が
感動と興奮に溢れています。
じゅんコーチ
断捨離をしていたら
小学生の頃の卒業文集を発見
あまりにも可笑しく、
せっかくだから残しておこうと思ったので、
書いておこうと思います。
+ + + + +
「今度これを読むときの僕へ」
やあ、久しぶり、元気にしているかな?
キミがこれを読むのをぼくは、ずっと待っていたんだ。
なんてったって一生残る作文だからね。
今キミがいる時代はどんな時代だろう?
不老不死の薬とかできているのかなぁ。
あぁ、ぼくも未来、これを読むのが楽しみだ。
今のぼくはサッカーをやっているんだ。
キミは何をやっているのかな。
ぼくがこれを書いているとき、
自分でも、おっ!かっこいいこと書いてるな。
と思った。
ここまで読んだ中でもキミは、
過去を思いだしているのではないだろうか?
ひょっとしたら泣いているかもしれないね。
このときのぼくのあだ名はじゅん。
キミはおそらく社会人になっているから
原さんとか呼ばれているのではないだろうか。
この文を書いたのは新年明けたときに書いたんだ。
けっこうロマンチックだよね。
このときのぼくのあこがれの人は
ビスマルク選手なんだ。
パス・トラップ・シュート。
このぜつみょうなボールコントロール。
たまらないよね。
さて、話しは変わるけど、
ぼくが今好きな授業は体育なのだ。
ぼくは体を動かすことが好きだから、
体育が一番よかった。
たぶんこれを読んでいるときのキミも、
変わらずにかっぱつに動いていると思うんだ。
案外何かのプロになっているかもね。
今のぼくの夢は、とうぜんサッカー選手。
けどなれるかなれないかわからないけど、
精一杯がんばろうと思っている。
自分が悔いが残らないようにしたいと思っているんだ。
キミはたぶんぼくが未来になっていることを
知っているはずだと思う。
こう考えていくと、未来が楽しみになっちゃうな。
この作文は10年後、20年後、30年後とかに読めば、
とっても感動的な、とっても泣けてくる作文になるとぼくは思っている。
ぼくも早く大人になって、お金をかせいだり、
仕事とかにも力をいれたいと、今のぼくは思っている。
キミもおぼえているよね。
小学校生活で楽しかったこと。
いっぱいあったけれど、今のぼくが思うに全部楽しかったと思う。
でももっとも楽しかったことを、例にあげると、
サッカーの大会で4位になったこと。
日光林間学校でのキャンプファイヤー。
川場移動教室の山のぼり。
他にもたくさんあったけど、
最後には笑っておわれたと思う。
これからぼくは、中学卒業して
高校とかにもいけたらいいと思っている。
ちかごろぼくは、1999年にどうなるのかなぁと思った。
もしその予言(ノストラダムス)があたって、
地球がだめになったら、こわいと思った。
今は1997年。もう時間はないと思った。
けどぼくは、そんな予言は信じない。
なーんて、けっこうかっちょいいね。
今の時代にもタイムマシンがあったら、
読むのをわすれているかもしれないキミに、おしえてあげられるね。
けど1997年にはタイムマシンはない。
だからこの作文をぜったいに読んでくれ。
とつぜんドラえもんみたいなのがきたらいいけど・・・
とにかくぜったいにわすれるなよ。
このアルバムはぜったいに宝物になる。
それはぼくが保証するよ。
この作文をここまで読んでくれてありがとう。
そして、また、この作文を読むときまで、さようなら。
小学生の頃の卒業文集を発見

あまりにも可笑しく、
せっかくだから残しておこうと思ったので、
書いておこうと思います。
+ + + + +
「今度これを読むときの僕へ」
やあ、久しぶり、元気にしているかな?
キミがこれを読むのをぼくは、ずっと待っていたんだ。
なんてったって一生残る作文だからね。
今キミがいる時代はどんな時代だろう?
不老不死の薬とかできているのかなぁ。
あぁ、ぼくも未来、これを読むのが楽しみだ。
今のぼくはサッカーをやっているんだ。
キミは何をやっているのかな。
ぼくがこれを書いているとき、
自分でも、おっ!かっこいいこと書いてるな。
と思った。
ここまで読んだ中でもキミは、
過去を思いだしているのではないだろうか?
ひょっとしたら泣いているかもしれないね。
このときのぼくのあだ名はじゅん。
キミはおそらく社会人になっているから
原さんとか呼ばれているのではないだろうか。
この文を書いたのは新年明けたときに書いたんだ。
けっこうロマンチックだよね。
このときのぼくのあこがれの人は
ビスマルク選手なんだ。
パス・トラップ・シュート。
このぜつみょうなボールコントロール。
たまらないよね。
さて、話しは変わるけど、
ぼくが今好きな授業は体育なのだ。
ぼくは体を動かすことが好きだから、
体育が一番よかった。
たぶんこれを読んでいるときのキミも、
変わらずにかっぱつに動いていると思うんだ。
案外何かのプロになっているかもね。
今のぼくの夢は、とうぜんサッカー選手。
けどなれるかなれないかわからないけど、
精一杯がんばろうと思っている。
自分が悔いが残らないようにしたいと思っているんだ。
キミはたぶんぼくが未来になっていることを
知っているはずだと思う。
こう考えていくと、未来が楽しみになっちゃうな。
この作文は10年後、20年後、30年後とかに読めば、
とっても感動的な、とっても泣けてくる作文になるとぼくは思っている。
ぼくも早く大人になって、お金をかせいだり、
仕事とかにも力をいれたいと、今のぼくは思っている。
キミもおぼえているよね。
小学校生活で楽しかったこと。
いっぱいあったけれど、今のぼくが思うに全部楽しかったと思う。
でももっとも楽しかったことを、例にあげると、
サッカーの大会で4位になったこと。
日光林間学校でのキャンプファイヤー。
川場移動教室の山のぼり。
他にもたくさんあったけど、
最後には笑っておわれたと思う。
これからぼくは、中学卒業して
高校とかにもいけたらいいと思っている。
ちかごろぼくは、1999年にどうなるのかなぁと思った。
もしその予言(ノストラダムス)があたって、
地球がだめになったら、こわいと思った。
今は1997年。もう時間はないと思った。
けどぼくは、そんな予言は信じない。
なーんて、けっこうかっちょいいね。
今の時代にもタイムマシンがあったら、
読むのをわすれているかもしれないキミに、おしえてあげられるね。
けど1997年にはタイムマシンはない。
だからこの作文をぜったいに読んでくれ。
とつぜんドラえもんみたいなのがきたらいいけど・・・
とにかくぜったいにわすれるなよ。
このアルバムはぜったいに宝物になる。
それはぼくが保証するよ。
この作文をここまで読んでくれてありがとう。
そして、また、この作文を読むときまで、さようなら。
少し前、
実家の自分の部屋を
断捨離をしていました。
すると、
懐かしいものがドンドン出てきました。
その中で
小学校の頃のアルバムが
出てきたんです。
そこで僕が書いていた作文が、
あまりにも面白くて、
奥さんからは、
「自分に酔いすぎちゃう?!!」と、
バカウケされてしまいました(笑)
タイトルは、
「今度これを読むときの僕へ!」
思わず、
俺はナルシストか~い!!!(笑)
と、一人ツッコミ!!
文集って、
6年間の思い出を書く人は多いけれど、
僕はなぜか、
未来の自分にメッセージを書いていたんです。
コーチは未来を作っていく存在だから
「もしかして、おいら、根っからのコーチ?」
なんて都合の良い
解釈をしていたのでした。
そして、
初めは、
こんなメッセージから始まりました。
+ +
やあ、久しぶり、元気にしているかな?
キミがこれを読むのを、ぼくはずっと待っていたんだよ!
今、キミがいる時代は、どんな時代なんだろう?
・・・(中略)・・・
僕の夢はサッカー選手。
なれるかなれないかは分からないけれど、
精一杯がんばりたいと思う。
だめでも、
案外、何かのプロになっていたりしてね!!
(せっかくなので全文は
次の記事で、残しておこうと思います 笑)
+ + + + +
読み終えたあと、
「こわ~!!」
って思いました。
未来の自分に宛ててた書いた文集。
まさに、その通りの未来になっていたからです。
まるで予言のように
僕は《プロ》のコーチになっていました!!
そして
今も昔もやっていることは
根本的には同じなんだと思いました。
コーチングって、
未来の自分に向けて書く
手紙のようなものかな?って思います。
「こんな自分になっているよね!」
「こんなことを大切にして生きていったら良いよ!」
「そうしたら、こんな風に周りの人も協力してくれたね!」
「だから1年後の僕が、そこにいるんでしょ?」
って。
子どもの頃、
無邪気にどんなことでも叶うと思っていた。
未来にワクワクした。
自分の可能性に震えた。
絶対にできるって、
信じて疑わなかった。
未来の自分を描いても描かなくても、
死なない限り1年後はやってくる。
だけど、
描くのと描かないのとでは
訪れる未来は変わってくる。
今からもし、
未来のワクワクしちゃう自分を描いて
行動していったとしたら、
1年後、
どうなっているのでしょうか?
そうなっていたら、
2年後は?・・
3年後は?・・・
10年後は・・・・・??
あなたは未来の自分や社会に
どんな手紙を書きたいですか?
じゅんコーチ
家族のことも大好きですが、
おじいちゃん・おばあちゃんも大好きな僕。
学生の頃はよく、
母の務めているデイホームで
ボランティアをさせてもらってました。
おじいちゃん・おばあちゃんと
話しをすること。
好きだったんですね~!!
そして、
コーチングを学んでいる中で、
思ったんです。
あの頃は、
ただ話を聞くだけだった。
いまだったら
もっと違うことができるのかもしれない!!
そんな想いで、
とあるホスピスに電話をしました。
すると、
「ご家族が会いにきてくれない
おばあちゃんがいるので、お越しいただけると嬉しいです。」
と暖かく迎えてくれました。
早速ホスピスへ行かせてもらうと、
そこには
余命が2ヶ月と言われている
一人のおばあちゃんがいました。
おばあちゃんは、
悲しそうな顔をして
僕にこう言ってくれたんです。
「私の人生、
本当にこれで良かったのかね~」
話しを一通り聞きました。
きっと、
コーチングを学ぶ前の僕だったら
「今日は話してくれてありがとう!」
と、言ってホスピスをあとにしたと思います。
でも僕は、
そのときはコーチになっていました。
「たとえ余命が2ヶ月だと分かっていたとしても、
自分らしく生きてほしい!!」
「絶対にそんな風に生きられるんだ!」
心から信じていました。
だから
目をキラキラさせて聞いてみたんです。
「そっか~。
ちょっと、昔のこと教えてよ~!
おばあちゃんって、小さいときどんな子だったの?」
「そっか~。
おじいちゃんと出会ったとき、
どんな気持ちだった♪?」
「へ~!!
おばあちゃん、なかなかやるね~(笑)」
なんて冗談を言いながら、
ドンドン昔を思いだして笑顔に。
そして、
「お子さんをはじめて抱っこしたとき
どんな気持ちだったの?」
そう聞いたとき。
おばあちゃんの顔が変わりました。
仏の笑顔って、
このことだな!!って思いました。
「天使様だと思ったよ!
本当に可愛くて、ず~っと抱きしめてたよ~・・・」
おばあちゃんの瞳から
一筋の涙がこぼれました。
そして、
泣き崩れてしまいました。
僕もたまらずに
涙・・・・・

・・おばあちゃん!振り返ってみてどう?
「本当に幸せな人生だったね~ 涙」
「これから、どんな風にすごしていこうか?」
すると
「娘と一緒に、すごしたいね~。」
・・・・・
実はおばあちゃん。
娘さんを溺愛するばかりに
つい過保護に。
娘さんは反発するかのように
家を飛び出してしまったそうなんです。
娘さんは、
おばあちゃんが余命がわずかだということも
知らない状況でした。
・・・・・
「娘さんに会おうよ!」
会うためにどんなことやってみたい?
「手紙を書いてみるよ!
今までも書こうとは思っていたけれど
じゅんちゃんのおかげで、今なら書ける!」
後日談があります。
約1年後、僕の携帯に知らない番号から
着信がありました。
電話に出てみると、
そのおばあちゃんの娘さんでした。
実は、
おばあちゃんが手紙を書いたあと
娘さんはビックリして
ホスピスに行ったそうです。
そして、おばあちゃんは
僕とのコーチングで思いだしたこと。
「お前が生まれてどれだけ幸せだったか・・・」
「ついつい過保護になりすぎてごめんね」
娘さんも
「私こそごめんなさい。」
そういって、
20年ぶりに和解することができた!
と、喜んでいました。
20年分の想いを確かめあうように
娘さんは毎日ホスピスに
顔を出すようになったそうなんです。
そして、
余命2か月だったおばあちゃんが、
1年生きることができました。
1年後、
幸せそうな顔で息を引き取りました。
「じゅんさん、本当にありがとう。」
お葬式のとき、
そう言ってくれた娘さん。
涙にぬれた
娘さんのクシャクシャの笑顔。
おばあちゃんに似た
仏のような笑顔。
今でも忘れられません。
+ + +
どんな状況にある人にでも、
大切にしたい事があります。
今からやってみたい事があります。
僕はプロコーチとして、
それを一緒に見つけていきます。
そして、
思わずやりたくなっちゃう
アクションに落としていく。
それが、
僕の仕事。
本当に
コーチングを学んでよかった。
心からそう思います。
そしてこれからも、
プロコーチとして、仕事をしていけること。
誇りに思っています。
原 潤一郎(じゅん)