3月11日の震災により、被災された方に心よりお見舞い申し上げます。
一刻も早い復興をお祈りしております。
日本は先進国で、環境的な整備もされている。
と思っていた。そんな中、大津波によって沢山の街が消えてしまった。
TVやネットで流れている映像を観る限りでも、
その衝撃や凄まじさに、胸が苦しくなります。
加えて、福島第一原発の事故。
危険性と、エネルギー不足による経済への影響。
この三重苦は、ほんの一ヶ月前までは想像し得ないものだった。
今も各地で大きな地震が続いている。
全てが治まるまで、一体何年と掛るか知れない。
私達は考えなければならない。今と未来を。
私達は乗り越えなければならない。
思うのだ。今は何かを批判するときでは無いと。
政府にもマスコミにも、完璧を期待していてはいけない。
もし隕石でも落ちてきて星が壊滅状態になったとき、
もはや国の機関も何も機能するとは期待しないことだ。
この例はファンタジックか。
しかし、有り得ないと思うことが起こるのが現実だ。
どの組織も、何らかの力になりたいと願っている筈だ。
単純な思考で、彼らは無能だと安易に想像するのは幼稚だ。
各企業、各個人、プロフェッショナルを発揮せよ。
政府やマスコミも人間が運営していく。
迷いも間違いもある。それを正しサポートし、
他の分野で補うことが各自、必要なのではないか。
駄目だと感想を述べるだけでなく、
どう駄目でどう改善すべきか発信してこそ、
現状打破の力となり、今後のより強固な対策に貢献できるだろう。
日本はこの混乱の中、各企業も各個人も冷静な方である気はする。
しかし、まだまだ洗練させるべき点はある筈だ。
知識、情報、アイディアには価値がある。
復興の手伝いがしたくとも、手伝えない人々は沢山いる。
義援金を送りたくてもお金をそう持っているわけではない、
ボランティアに参加したくても今の生活がある等。
それならば、個人の持ち得る意見を述べていくことだ。
その知識やアイディアに、解決への答えは無いかもしれない。
しかし、何かしらの糸口になるかもしれない。
小さな呟きに、賛同者が出てくれば、大きな力に変わる。
必要な情報の妨げにならないよう配慮すべき点はあるが、
他者が見落としている思い掛けない視点を投げ掛けることは、
募金をするのと同等である気がする。
言葉の募金、応援や祈りもまた、その中の一つだと思う。
人工と自然を分けて考えるのが今の社会だと、感じてきた。
しかし、人工というものは自然と対等などでは決してない。
自然界の中のごく一部の地表に都市がつくられている。
その危うさを、踏まえていなくてはならない。
最後に。この大災害は日本を変えると感じる。
原発は今後建設されるのか。受け入れはどの地域も厳しいだろう。
エネルギーが不十分であれば、東京の一都集中も拡散するかもしれない。
工場が稼動しない為、当分品不足は免れない。
買い占めてはいないのに商品が無いとは、そういうことだ。
当分は思いも寄らない不自由が、全国的に発生することは覚悟すべきだ。
節電による営業時間短縮も、時間給での労働者を直撃する。
東日本の就業難は当分回復しないだろう。
地震や津波、原発の被災地のみに止まらず、この経済悪化は免れない。
考えなくてはならない。自粛を自粛と思って控えてはならないということは、
意味があるということを。経済が活性化すれば復興にも力を入れられる。
全ての繋がりを、念頭に置かなければならない。





の林さんではないんです。。。
←ツイッターでも吐いたか;;