銀座の貴公子という人がいた。

彼は都内で会社を経営していた。
























その前は大学を卒業し

父親のコネで、当時大手だった会社に就職するも












銀座の貴公子の前で

貴公子の父親のことを悪く言った

けしからん上司の野郎をぶっ飛ばしてボッコボコにして

会社をクビになったそうだ。






















熱い

熱すぎる。





























そして戦時中は満州に住んで

優雅な暮らしをしていたそうだが

日本が敗戦してから無一文で日本に帰り

一面焼け野原で荒れた土地を

当時長男だった貴公子と

父親とで、一から耕し財を築いたと話していた。

























銀座の貴公子は

麻布十番にある割烹料理屋の経営をしていた

若く美しく気立ての良い12歳も歳の離れた女性と

結婚した。

















それからすぐに、女の子が生まれてちょっとした頃

会社を倒産させ、家に2年ほど引きこもり本を読み漁り

復活する日までの機を伺っていた。



















よくよく聞いてると

波乱万丈だったように思える。



















そして2年後に復活し難病の病気になるまで

一家の大黒柱として、とても頼もしく頼りにもなるが

恐ろしいほど威厳のある厳格な父親だった。



















子供達も勿論のこと

近所の人も貴公子が恐ろしい風貌だったから

関わり合いたくなかったのか

あまり声を気安くはかけてこなかった。


















ただ、いつも都会の真ん中のマンション前で

貴公子が恐ろしい風貌で、腕を組み睨みを利かせ

朝早くから子供達が縄跳びをさせられてたり

スケボーを乗って練習したりしてたから

近所の人達は子供達の事を大変褒めてた。















毎朝縄跳びやスケボーをさせられてた子供達は

たまったもんじゃなかったのだろうか?

いやそんな事はなく褒められると言う事は

最大のモチベーションアップに繋がる。

益々早起きしてたそうだ。


















ヘビースモーカーで1日4箱タバコを吸ってた

銀座の貴公子は…。















最初の女の子が生まれた時に

ピタリとタバコをやめた。

















女の子が2歳の時エレベーターに

手というか腕、肩くらいまで

二重の扉に手を吸い込まれるような形で

挟まれて大泣きし大騒ぎになった時近所の人が慌てて

救急車やパトカー、レスキューを呼んでくれ

沢山マンションの下に駆けつけてきたが














その頃

テレビを家の部屋でみていた銀座の貴公子は

近所の野次馬さん達が家に尋ねてすったもんだ

だったから
















仕方なく工具箱からバールをさっと持ってきて

一瞬でエレベーターの二重になってた扉をこじ開け

女の子を救い出してた。


















レスキューや警察は必要なかった結果になったが

10台ほどマンションの前で暫くは

立ち往生していたそうだ。
























そんなカッコいいエピソードを沢山お持ちの

銀座の貴公子さんだが、














64歳の時に病気で亡くなる。

難病疾病である間質性肺炎になってしまったからだ。



















銀座の貴公子にも大変お世話になったので

病気になる前に酵素風呂に入らせてあげ

健康を維持してもらい、長生きして欲しかった。



















そしてもし生きてたら

satoko様の子供達に会わせたかった。

会わせられなかった事は生涯のsatoko様の無念だ。



















そんな経緯もあり

自然の発酵熱である酵素風呂は

老若男女誰でも入れるから

satoko様は始めたのかもしれない。
















↑ラニオラ公式ページのblogはじめました。

(satoko様色が濃くないラニオラ酵素風呂に
少し興味を持っていただける方専用の真面目ブログです。
こちらのアメブロがお好みでない場合は酵素風呂愛が
半端なく詰まってて効果や効能お客様やスタッフさんの経験談を綴っているので良かったらお読みください。)




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