今日は父の命日だった。
10/24が父の誕生日で、
10/28で64歳になり亡くなった。
あれから21年が経った。
とても怖くて怖くて
小さいときは、どちらかの組長さんかと思ってた。
見た目も
金無垢のロレックスに金縁のサングラス。
他人や実の子供に対しても厳しかったが、
自分に対しては一番厳しい人だった。
派手なピンク色のスラックスも
派手なアロハシャツも、白い靴も
とてもお洒落に着こなしてしまう父だった。
朝は6時には起こされ
麻布十番のマンションの真ん前で毎朝
子供3人は縄跳びをさせられ、
夜ご飯を食べたら毎晩日記をつけさせられていた。
そんな父が21年前に64歳で亡くなり
間質性肺炎という難病になって苦しかった人生に
幕を閉じた。
理不尽で厳しく独裁者のように思ってた父を
私は嫌っていた。
今は…
自分が子供を持ち、
あの頃の父の気持ちや想いが
十二分に解るようになった。
satoko様の無念は、ただひとつ。
父に孫の姿を見せてあげられなかったこと。
そして父も、
自分の孫を抱きしめ
人生について色々語れなかった事が
とても心残りだったのではないかと思う。
病気になってしまった父を見て
satoko様はその頃から健康にはより一層気を使い
自分は健康なまま長生きをしたいと強く思った。
父が亡くなったことはとても悲しかったし
無念もあるが、、、
私にとってその出来事や感情には
【肯定的な意図】があった。
自分や家族、世の中の人全てが
健康で過ごせ、幸せでいられるようにと
強く願うようになりラニオラを作った事だ。
