熱血講師 ショーン 近藤 Leadership & Language Boot Camp -10ページ目

熱血講師 ショーン 近藤 Leadership & Language Boot Camp

日本人精神を復古させ、日本人が真のリーダーシップを発揮し、世のため人のため活躍出来るよう、語学教育とリーダーシップ研修を通して皆様と大きな力を作り上げていく熱血講師 ショーン・近藤の公式ブログです!

天使降臨

 

さて、今回は前回の続きのお話です。そうです。ちょっと大柄な不思議な女性のお話です。

 

前回のブログを読んで頂ければわかりますが、少しおさらいしておきましょう。

私が徒歩で通勤して、とある交差点に差し掛かった時、大柄な女性が車道の中央線のところに立っていたというお話の続きです。その女性は、するするっと歩道まで進んできて私の目の前を歩き出したのです。否が応でも注目してしまう存在感がありました。その彼女が、ふと立ち止まったのです。勿論、その女性が気になっていたのでどんな女性か興味がありました。最初に視認したときから私の注意を意図的に引いているとしか感じられなかったからです。

そして、その女性が私を見つめたのです。その女性は大柄でしたから、私より若干背が高く、少し見下ろす感じて私を見つめました。その時、私が心の中で思ったのは、「この人、どこの国の人なんだろうか?」という疑問でした。

私は、今まで米軍に派遣されていたとき多国籍な環境の中で仕事をしてきた経験があります。その時は48カ国の兵士と共に仕事をしていました。ヨーロッパ、アジア、オセアニア、アフリカ、そしてラテン系、様々な人種の人々と仕事をしてきましたが、この女性の顔は見たことがない、というか私が今まで出会って来た外国人の中に当てはまらない顔つきの方でした。

 

そして、その彼女は、私に日本式の丁寧なお辞儀をしたのです。私は驚き、お辞儀を返しましたが、多分、頭を垂れる程度の答礼だったと思います。そして、頭をよぎったのは、「どこかで会ったことがあったっけ?」という思いでした。

 

今まで、それこそ多くの外国人と出会った人生を歩んできましたので、頭をフル回転させて思い出そうと試みました。しかし、やっぱり、出会ったことの無い女性です。

「やっぱり、初対面だよな。初めてみる人種の方のような気がする。あのような面様は見たことが無い。でも、なんで俺に、あんなに丁寧なお辞儀をしたんだろう。会ったこともない人だし。全く記憶にない人だ。お店の店員なら、いざ知らず、初めて会った人に路上で深々とお辞儀をするだろうか?怖い!さっさと仕事場に行こう。」

こんなことを心の中で思いながらその場を急いで立ち去ろうとしました。すると、彼女は私の背後を、私を追い越さない程度の速度でついてくるのです。

 

「え~、怖いんですけど。なんで、ピッタリついてくるんだろう。まじで怖い。進行方向が偶然同じだと仮定しても、同じくらいの速度で歩いてこないよね、普通。」なんて思っていたら交差点に差し掛かりました。

 

直進方向の信号は赤です。直進して横断歩道を渡ってから、いずれ左折してもよかったのですが、この女性にちょっと恐怖心を抱いていたため、この交差点での直進はやめて、左折方向の信号が青だった為、反対車線側に渡ろうと決心したのです。

「これでこの女性と進行方向も違うからここで別れることになるだろう。ちょっと怖いもんな。」そして、道路を挟んだ反対側の歩道に向かって道路を横断し始めました。すると、なんと、その女性もついてくるではありませんか。

 

「え~っ、いや、偶然じゃない。明らかに付きまとわれてる。なんで?怖いな。でもこんな朝早くから変なこと出来ないよな。周りに人いっぱいいるし。」

 

そして、渡り切った後、また信号待ちをしていたときのことです。彼女が何やら話し始めたのです。周りで信号待ちしている人々は彼女が独り言(結構大きな声で)をしているのに全く気が付かないようです。そして、その独り言に耳を傾けてみると、なんと普通の日本人よりも流ちょうな日本語で話しているじゃありませんか。

「外人かと思いきや、日本人?全く癖のない綺麗な発音で日本語話す人だな。」

そしたら話の内容が何やらメッセージ色が強いというか、私に対して発せられているようなものだったのです。

 

女性「私が、初めてこの国に来たころは、よく人に騙されたものだったわ。良い国でも悪い人たちはいる。初めての国では、慣れない環境だから、悪い人に騙される可能性があるから気を付けないといけない。」

 

私「えっ、これ俺に言ってるのかな?俺が近く、東南アジアに行くって知ってて外国行ったら人に騙されないように気を付けなさいってこと?」と心の中で呟き、思わずその彼女に、Are you talking to me?って訊いてしまったのです。

 

その瞬間、信号が青に変わり、なんと彼女は車が走り始めようとしているにも関わらず、斜めに道路を横断し、反対側の歩道に進んでいきました。

「えっ、車にぶつからない!なんで?」そして、私の方に振り向いて、両手で私を指さし「あなたに言ったのよ。」とジェスチャーで返答していきました。

 

「何?何?何だ、この展開は?」そして、どうにも腑に落ちないので道路を挟み彼女と同じ速度で歩き、もう一度話かけたいと思いました。すると彼女は車が走っているにも関わらず、またもや車道を横断し、私が歩いている歩道のところに来ました。その様子は、なにか蝶々が道路をヒラヒラ舞って渡ってきた感じだったのです。そして私は、彼女を追いかけたのです。彼女は、何度も「あなたに言ったのよ。」とジェスチャーで訴えかけてきました。

 

でも、私はどうしてももう少し話を聞きたかったのです。

なんで自分の前に突然現れたのか?何故、自分が近く海外に行くことを知っており、そんな助言を私にしてくれたのか?疑問だらけです。怖かったけれども無我夢中で追いかけました。駅のエスカレーターを彼女は昇っていきました。

 

「早く追いつかないと、多分、彼女エスカレーター登りきったところで姿を消してしまう!」

 

必死に走って追いかけましたが、やはりエスカレーターを登り切ったところで彼女の姿は消えていました。これは、間違いなく天からのメッセージだと確信しました。彼女は天使だったんだ。人に騙されないように気を付けなさいという助言を与えてくれたんだと、確信しました。彼女の容姿は、自分が今まで想像していた、所謂、西洋画に描かれてあるような天使ではありませんでしたが、非常にインパクトがある容姿でした。今、思い返しても地球上の国の人の顔ではない感じでした。どこの国の人とも言えない、なんか不思議な面様でした。

色々なことを質問してみたかったのですが、それは叶わなかったんだろうと思います。これが、不思議体験の始まりだったのです。ここから不思議体験が、結節、結節現われるようになってくるのです。

 

次回は、ミャンマーへの旅を綴っていきたいと思います。最近、忙しく中々ブログ更新できませんが引き続き立ち寄って読んで頂ければと思います。宜しくお願いいたします。

 

 

 

 

ミャンマーを含むアジア諸国現地調査の旅 その2

 

先ず、今回の視察の旅のメインはミャンマーの現状を知ることでした。実際にその土地に行き、その土地の空気を吸って、その国を感じること。そして人々を見て、彼らに触れて、そして交流していく。文化や宗教、人々の傾向などをつぶさに観察し、客観的に理解をする、これらに重点を置き将来事業展開の資としなければなりません。ここで、短い旅程の中でより効率よく多くのミャンマー人の方々と現地で交流できるように、以前、知り合ったとある会社の社長さんから彼の知り合いのミャンマー人経営者を紹介していただこうと考えました。M女史に設定していただく旅程の中でも多くのミャンマー人の方々と会う予定でしたが、そこにプラスアルファというところでより多くのミャンマー人の方々からミャンマー経済の現状、また彼らのニーズの把握が出来るのではないか、と考えたのです。更に、この旅は、その社長さんの計らいもあり、ミャンマーからマレーシア経由でインドネシアへも足を伸ばすことになったのです。彼の支援もあり、旅程の後半部分は設定していただきました。

 

その頃、私は弊社語学教室部門の事業譲渡に忙殺されており、なかなかミャンマー視察を含む東南アジアの旅に関し力を傾注できず、関係者に御迷惑をかけたと思います。この場を借りて陳謝させていただきます。

 

忙しい日々を過ごしているある日でした。10月に入り暑さも一段落ついた頃です。毎日車で出勤していましたが、その日に限って歩いて通勤しようと思いました。車で通勤すれば約15分程度。徒歩でも40分程度で職場に着きます。その日は軽快に通勤でき、通勤途中に出会った保育園児(だと思う)の散歩の列を微笑ましく眺めていました。そして職場まであと1キロ位のところにある交差点に差し掛かった時、ふと車道に目をやると、結構大柄な女性が道路のど真ん中に立っているのが目に留まりました。その女性は、私の方を見ているのではなく、私の進行方向を向いていたので、顔は見えません。その時、私は咄嗟に「なんであの女性は道路のど真ん中に立っているんだろう?」と思いました。彼女の横には青い車が信号待ちで停車していました。そこで、「あ~、彼女は、この車から降りて、多分運転手の人に話しかけて、今立ち去ろうとしているんだな。多分、運転手は、彼女の旦那さんか、彼氏なんだろう。」と思いました。そこで私は横断歩道を渡って、その車をのぞき込み、運転手さんを見てみようと思いました。女性の後ろ姿から判断すると、大柄であったため、多分「外国の方」だと直感的に思っていました。そのため、彼氏か、旦那かわからないけど、運転手も外国の方かな?と勝手に思っていました。しかし、車を覗き込んだものの、日本人か外国人かも判別できず、ただ眼鏡をかけている男性が、特に横に立っていた女性を気にすることもなく運転席に座っている姿を見ただけでした。その時、「あれ、この車の運転手は、この女性と何も関係ないのかな?」と不思議に思ったのです。そして、私がその車の横を通過すると、その女性は歩道にスーッと進んできて私の前を歩きだしたのです。私が、何故、その女性を注視してしまったかと言えば、いくつか理由があります。先ず、車道の中央に立っている不自然さです。普通、いないですよね。危ないですもん。でも彼女は立っていました。注目せざるを得ないわけです。更に彼女は大きかった。次に注目したのは、彼女の服装です。秋深まったとはいえ、彼女は真冬に着るような厚手のコートを羽織っていました。私にとっては、十分目立つ存在でした。その彼女が私の目の前を歩き始めたのです。勿論、興味が涌きました。「どんな女性なんだろう。不思議だ。」これが率直な感想でした。そして、ものの10メートルも進むか進まないかのうちに彼女が立ち止まったのです。「えっ!ちょっとどんな人か見てみよう。」と思ったのです。そこから不思議体験が始まったのです!

 

 

3回に渡り、技能実習制度を含む外国人労働者と雇用主である日本企業における問題点について様々考察してきました。

様々な問題は、複雑かつ繊細であり、人間としての機微に関わるものも多くあると考えます。また、共に成長していくため何をどのようにしていけばよいか?という大きな疑問についての解答が得られるものかもしれません。

 

現代の大都会、東京、大阪、名古屋、福岡、札幌、仙台、多くの都市に多くの外国人が暮らしています。また、彼らの労働力や人間力が現代の日本社会を支えていっている側面もあります。如何に共存共栄の道を歩むべきか?ここを考えていかなければなりません。歴史を紐解くと、大東亜戦争前に日本は「大東亜共栄圏」という構想をもって戦争に突入していきます。これが侵略戦争であるとか間違った戦争行為であったとかの批評は多々ありますが、実際には西欧列強に支配、植民地化されたアジア諸国の独立を目指し、西欧列強からの搾取を止めさせ、自尊を取り戻し、自ら考え、自らの足で立ち、共に栄え、共に生きていくという目標を掲げたものであるのです。1943年には大東亜会議が開かれ、大東亜共栄圏構想が確認されました。ここにあるのは、日本がアジアの国々を侵略し、支配下に置くといった趣旨ではありません。構想の趣旨として「世界各国は共に助け合い、繁栄することによって世界の平和は確立される。しかし、米英は自国の繁栄のために他の国家民族を抑圧している。特にアジアにおいては侵略搾取を行い、支配下に収め、遂にはアジアの安定を覆そうとしている。大東亜戦争はこれが原因となった。アジア各国は連携してこれを戦い、アジアを米英の支配から解放し大アジアを建設し、世界の平和に貢献しなければならない。」というものでした。具体的な事項として以下の5項目を掲げたのです。

 

1 大東亜共栄圏を構成する各国は、共存共栄の秩序を築く。

2 お互いに自主独立を尊重し、助け合う。

3 伝統を尊重し、民族の創造性を一層養い、アジアの文化を高める。

4 緊密に連携し、経済発展を図り、繁栄を築く。

5 人種差別を撤廃し、資源を開放し、世界の発展に尽くす。

この方針や具体的構想について批評する方々もいます。確かに各国に対し「独立」という甘言をちらつかせ、有利に戦争を遂行したという事実はあります。しかし、一方では、民族解放独立運動を確かに主導し、教育を与え、行政に関する指導を積極的に行ってきました。また、明治時代から、アジアは一つでなければならない、という岡倉天心が唱えたアジア主義など、アジアを欧米列強から解放するという考えが根付いていたのも事実です。

 

明治の頃から、「アジア」をしっかりと考え、その将来を考え、アジアのために奮闘してきた日本の先人が多くいたのです。現代の教育においては、大凡「先の大戦は、日本の軍部が暴走して行った侵略戦争である。日本は本当に悪いことをした悪の国である。」と刷り込まれています。本当にその教育は正しいのか?欧米列強がアジアの諸国に対してしてきたことは正しいことだったのか?彼らは如何にアジアの国々を占領し、国民を奴隷化し、搾取し、そして支配してきたのか?ということを理解し、日本は何故、戦争に突入せざるを得なかったのか?を理解しなければなりません。また、その際、日本はアジアの雄として如何にアジアの国々と共存共栄を果たすためにリーダーシップを発揮していったのか?を考えていく必要があるのです。

 

私は、未だアジア各国の中では経済格差も存在しますし、私達日本人が失いつつある「日本人精神」、「大和魂」を彼らと共にもう一度復活させる必要があると思っています。日本人が持つ「和の心」、「弛まぬ努力を基礎とする勤勉性」を今一度、多くの日本人が取り戻していく必要があります。

 

文化面において、多くの外国人は日本人が作ってきたものに感嘆しています。自分たちの国では出来ない、日本人だからこそできるきめ細やかなものに憧れを抱いております。技術の面でも同様でしょう。では、経済活動においてはどうでしょうか。勿論、創造性が十分に発揮された素晴らしいモノつくりは多くあります。本当に素晴らしい部分が多くあるのです。でも、何かが欠落しているのです。何か重要なものが欠如している。だから、何か社会が変な方向に進んでいる。若い人たちは夢を持たない。そしてその日暮らしの人々が非常に多い。多くの日本人が自分のことだけで精一杯なのです。社会全体にそんな流れがあるのは事実です。もう一度、日本人が日本人たる精神を持って国を想い、人々を想い、そして世界を想い、社会に如何に貢献すべきか?人々に如何に貢献すべきか?ということを常に心に置き、人生を生き抜く必要があるのです。

 

日本社会の現状を考えると、20年以内にGDPは15位程度まで落ち、4人に1人は60才以上となる社会に今の少子化の日本は如何に国を支えていけるのでしょう?普通に考えたら、年金制度は崩壊、そしてより少子化は加速していくでしょう。本当に元気のない国になっていきます。これを今、食い止めるためには国の制度の多くの部分を見直していかなければなりません。また、女性が安心して出産、育児、職場復帰が出来る環境を早急に整えなければなりません。また多くの分野で人材確保が困難であり、現在以降、将来、多くのシステムが維持できなくなるのは目に見えています。やはり、外国人労働者の力が必要です。でも、ただ労働力として扱うだけではいけません。それは本来の日本人がすべきやり方ではありません。日本人が日本人精神を取り戻し、彼らに我らが持つ伝統・文化、言語、そして持つ技術、多くのものを彼らと共有し、共に成長し、繁栄していく道を選ばなければいけません。そのために我々日本人が襟を但し、彼らを受け入れ、そして彼らに「流石、日本人だ、日本に来てよかった。多くを学ぶことが出来た。そして学んだことを国に持ち帰り自国の発展に資していきたい。」と思ってもらうようにしていかなければならないのです。多くの中国人が華僑として世界中に展開し経済を回しています。でも私達、日本人が出来るのは彼らとは違った「日本人ならでは」のモノがあるはずです。

 

私は、外国人に日本人精神に基づいたリーダーシップ教育と日本語教育、英語教育を提供し共に成長できる国民としてミャンマーを直に触れてみようと考えたのです。そして、M女史の協力のもとアジア現地視察の旅を決心したのです。そして、その旅を決心してから不思議なことを多く経験することになったのです。