昨年10月初旬、M女史によるミャンマー進出に関するセミナーが東京田町で行われました。
田町は、自衛官時代から幾度となく訪れた町。今でも何故かわからないが縁がある街だな、と思っています。その田町の駅から徒歩10分位の場所が会場でした。
定刻通りセミナーは開始されました。遅れてきた参加者もおりましたが、セミナーは粛々と進んでいきました。
この時点で、私は、自分の次の行動方針が明確になっていたわけではありませんでした。リーダーシップ研修営業の成績が振るわず、暗中模索状態の中で一縷の望みでこのセミナーを受けていたのです。正直なところ、「海外進出なんて大それた計画を自分一人の力で出来るのか?いや、無理か。」など、一人自問自答していましたが、それでもこのセミナーで何かしらヒントを得ることが出来れば、と考えて参加していたのです。
セミナーは、ミャンマーの歴史やジオグラフィ、デモグラフィ、政治・経済の現況に関する概要から始まりました。このセミナーの構成は、まさしく軍隊的な導入で非常に好感が持てました。軍事組織におけるプレゼンは、アジェンダがしっかりしていること、また全般説明がなされ、細部に関しプレゼンする際、背景知識を欠くことなく議論できるように準備されているのが常です。
そして、ミャンマー人の気質、ミャンマーの家族内の不文律、諸外国企業のミャンマー進出状況、日本企業が進出する際の問題点、工業産業特区の状況、ミャンマー人を雇用した場合に生起し得るトラブルなどが順次紹介されました。どのアジェンダも非常に興味深く聞くことが出来、気が付けば話された内容を漏らすまい懸命にノートを取っておりました。
また、国企業がミャンマーでビジネスを起こした場合、ミャンマー人起業家が起業する場合と比較し被る税金等を含む冷遇とまではいきませんが金銭面における待遇差の紹介がありました。この部分は非常に重要で、今後ミャンマーに進出する際、財務運用面では非常に重要なキーと成り得ますので将来作戦に関し、大きなヒントとなりました。実際、このお話を聞いて、力の弱い中小企業にとっては結構なハードルと成り得ると直感的に感じたのです。
セミナーが終わり、質疑応答の時間へ移行し、聴講者とM女史の積極的なやり取りを拝聴することが出来ました。冒頭に述べましたが、この時点で自分の事業に関する将来作戦は、未だ青写真程度でしたので、何をどう質問すればよいかもわからず、聴講者の方々の彼らの事業に直結するであろう問題点に関するM女史からの情報に聞き入り、必死に理解を深めようとしていました。彼らの質問は非常に明確かつ現実的であり、M女史の回答は非常に実践的なものでした。
私は、リーダーシップ研修を含む人材育成を主軸に事業を展開したいという想いはあったのですが、あまりに明瞭な輪郭を持たない計画でしたので、中途半端な想いで参加した自分は曖昧な質問しか頭に浮かばず、彼らの質問と比較するとあまりに恥ずかしいものでしたので、ひたすら聞く側に立っていました。
活発な質疑応答を経てセミナーは終わりました。
私は、「ミャンマー進出は簡単なことではない。」と悟ったものの「挑戦したい。」、「ミャンマーのことをもっと知りたい。」と切に思うようになったのです。
衝動的にM女史に自分の名刺を渡し、個人的に合ってお話出来ないか、と打診しました。彼女に快諾していただき、次回、彼女の執筆した本を購入すると約束をし、その場を離れました。
自分の中では、何か一歩前進した気がしました。実際、何も進んではいなかったのですが、この気持ちの上での前進が非常に重要なのです。そしてその前向きな気持ちが次の行動の原動力となるのです。
続く