高校時代に知り合った中で唯一 今まで友人関係が続いてるゆきちゃんが先月末に亡くなりました。
去年の秋 ばったり石井ゆかりさんの占星術講座で出会うまでは
年賀状のやりとりが10年くらいあっただけだったけど
不思議とお互いにつながりは深く感じていた。
再会できてからは時々会えたり お互いのブログで近況を知れたり。
ゆきちゃんは会っていなかったあいだに何年も膠原病と闘っていて
よくぞ生きていてくれた~って感じるくらいの大変な闘病生活を送っていた。
ばったり遭遇できたのは 膠原病の症状がやっと落ち着き
自由に出かけることができるようになった矢先の出来事だった。
そのゆきちゃんが若年性肺がんであることを知ったのは5月の中ごろ。
「また奇跡が起こることを祈っていて。
ブログいつも楽しく読んでるよ。」
の言葉と共に。。。
生きたい。と望む、決して弱音を吐かないゆきちゃんに 自分ができることは
「ゆきちゃんの願いが叶いますように」と祈ることと いつも通りにブログを続けること。
それでも頭の中は処理しきれない思いがぐるぐるとしていたとき
「病があっても健康でもそのときそのときの精一杯をすることは変わりない。
今かなちゃんにできることは?」
友人がかけてくれたその言葉に救われ 自分なりにゆきちゃんに思いを伝えることができた。
亡くなったと知ってから思い浮かぶゆきちゃんはいつも笑顔で
ほっとした感じが伝わってくる気がする。
お通夜に参列した際
ゆきちゃんのお父さんの挨拶の言葉に愛が溢れ
穏やかなやさしい表情でお話されていたことがとても印象的で
家族に感謝を忘れないゆきちゃんを思い出した。
最後に会ったのは私の誕生日の日。
ゆきちゃんも誕生日が近いので
「来年もプレゼント交換しようなぁ♪」って言いながらお祝いしあった。
一緒に遊んだりおいしいもの食べたりはできないけど
いつも思いはつながっていて一緒のような気がしてる。
ひとりになったとき ふと悲しみがこみ上げてきたりするけど
「死は終わりではないし悲しいものでもない。新たなはじまりの喜ばしい一歩。」
そう教えてくれるボトルを
そのとき偶然にも使っていて だからなのか
ゆきちゃんの死を受け入れ 今はただ「ありがとう」の思いしかない。
保育士を経てタッチセラピストとして活動していた彼女の思いが伝わるブログ。
ゆきちゃんが亡くなった日はこんなきれいでやさしい夕焼け空。
ずっと大好きでいとおしい友達。
