昨日、地元の地域祭りに出演した。

これで、父が亡くなる前に約束していたイベントは完了。

今日からまた、次の時間が始まるんだ。

これからの人生、何をしようか、ワクワクする。

ノンビリいこう。

父の想い出の動画や写真を家族で共有。
直後、HDDから異音。
認識せず。
ここ7年ほどの、母の残したデータや父の写真、
それだけでも復旧して欲しかった。

二人ともいなくなって、大事な写真も動画も消えた。

想い出に浸ることでやれてきたこともある。
そんな私へのメッセージと理解するか。

ダメな自分が悔やまれるな。

あぁ、胸が痛い。。。

7月14日に父が亡くなった。
2年半前に胃がんが見つかり、昨年末から抗がん剤が効かなくなり初め、今年に入って私は東京に娘を残してひとり実家に帰ってきた。
私自身は明確に役目を感じていて、5年前に母を亡くして今は兄と2人になっていた家にもう一度楽しい時間を作るってこと。
だけど、今となってはそれができていたかどうか。。多少は、うん。できた。でも、たくさん、できなかったこと、あの時こうすれば良かったってことがあってね。
でも、悔やんでも仕方がないし、父にも兄にも私が来たことを喜んでもらえて、結局、私が一番色々なものをもらった半年と14日だったんだな。
亡くなる数日前に「お父さん、死ぬのが怖い?」って聞いたらうなづいてた。
亡くなる数時間前に、父が私を抱きしめてくれたよ。だから、心配しないで、私がずっとおるでな、こわがらんでもいいよって言ったよ。
できるだけ楽で幸せな気分のなかで最期を迎えて欲しいと思ってた。
すべてがギリギリ間に合ったのは、たぶん父の計算だったんだろう、と思うようにしてる。
最期は苦しい顔をしてなかったと思う。たぶん、苦しくなかったと思う。

お父さんもお母さんもおらんくなってしまったか~。
そんな私は、毎夜、仏間の窓を閉める時「ちょっと早いんでないかい」って2人に文句を言う。
あ~あ。
死ぬ前に親孝行をするとかよりも、まだ生きてて欲しかったなぁ~。
あ~ぁ、つまらんなぁ~。

私はいっつも遅いな~。仕方ないけど。
そやから、まぁ、こんな感じで前向きに行こう。

人はいつから1日3回食べ物を摂取する様になったんだろう。朝8時に食べて、12時に食べて、18時に食べる。デスクワークの私は運動量が極端に少ないので、栄養分は個別に欲しくなるけど、消費カロリーは非常に少ない。

朝ご飯を食べなければ昼にもそれほどお腹は空かず、20時頃まで何も食べなくても気にならない場合が多い。集中力が必要なことをしていると、集中力が途切れるのが嫌で食事休みが嫌だ。とは言っても、時々突然糖分が欲しくなったり塩分が欲しくなったりするからポリポリ口に入れるが、目の前に砂糖と塩があれば事足りたりする。
でもさ、あんまり体に良さそうじゃないよね(笑)。

食事はしたいけど、摂取はつまらない。ひとりだと摂取になってしまって、食事の楽しさは味わえない。大好きな人と一緒に食べる食事はとっても美味しいし楽しいし充実するよ。そういう食事はいいかな。

それで、タイトルの日に三度の食事だけど、家族と食事を取ったらその後みんなが食べ終わってちょっと一休みするまではそこにいたいな、って思うのよ。みんなの嬉しそうな顔とかおしゃべりとか、そういう時間が大切だなってね。
 

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同じ人間なのに言葉が通じないだけですごく距離ができる。
同じ言語を使っていても、なまりが同じだけですごく身近に感じる。

岐阜県の飛騨地方にある飛騨小坂町で産まれたから小坂弁を話すんだけど、隣町に行けば語尾が変わるし、飛騨高山に行くと伸びや強弱など随分違う。

英語は学校で習った。
中国語は映画から入って少しかじった。北京語ね。話せない。
広東語は映画で耳慣れてるけど話せない。
インドネシア語はずいぶん話せる。
スンダ語は少しだけ。
日本語はなまりはあるけど標準語で話せるし、
小坂弁も別の言語とカウントするのが好き。

言葉ができると世界が広がるのよね。

それで、喋れたら嬉しいのはスペイン語。スペインへ行って、ギターと歌とフラメンコ。飲んだくれながら享楽の時間を過ごしたいな。