世に言う名曲はどこからどうやって生まれるのか。
ここでの名曲というのは [多くの人の心に響く曲] という定義とする。
ミュージシャンの端くれとしての私の愚見を、以下にまとめる。
ーーーーーーーー
結論:「名曲のカケラは、集合的無意識の中に存在している。」だ。
(※私は皆様に自慢できるほどの曲を作ったわけではないが、エピソードとして読んでいただければ幸いである。)
私がこの考えの結論に至るきっかけになった出来事がある。
音楽活動を始めて2年目、曲を作っていた時だった。
ふと、ある時1フレーズが出来た瞬間に、そのまま1曲の全体像、世界観が頭の中で瞬間的に構築されて完成まで至ったのだ。
あの有名な「神田川」も電話越しに喜多條忠が読み上げた歌詞を聞いた南こうせつが、歌詞を聞きながらメロディーを口ずさんでいたというエピソードもある。
例えるならそのようなイメージである。
この時は「曲を作った」という感覚が合わなかった。
イントロを作って、Aメロを作って、、というような段階を踏んだわけでもなく、1曲のイメージを形にしていく作業であり、自分の「意思」とは切り離されていたように思えたからだ。
ちなみに、その時に完成した曲はこちらである。
サビの部分が最初に出来て、同時に概要欄に書いたストーリーも一気に出来上がった。ご興味ある方は是非お聴きいただければ幸いである。
よく、アーティストの世界には、天から降りてきたという表現がある。
私は、この「天」というのが「集合的無意識」であると考えている。
ーーーーーーーー
集合的無意識とは、スイスの心理学者ユングが提唱した概念。
個人の意識の奥深い無意識の部分で、全ての人間が共有している領域。
そこには先人たちの記憶や英知がある。
(以上、私なりの解釈。)
ーーーーーーー
全ての人間が共有している、の部分が重要である。
簡単に言うと、全ての人間が共有している集合的無意識(以下、ゾーン)の中から [1万人の心に響くもの] や [100万人の心に響くもの] というカケラをそこから拾ってくる。
今回はそれを「曲」にするわけだが「本」でも「映画」でも当てはまると考えている。
大切なのは、そうやって拾ったカケラをどう「形」にするかである。
これはまた後ほど。
ーーーーーーーー
さて、ではそんな夢のようなゾーンにどうやって踏み込むかだ。
簡単に踏み込めるなら苦労はないし、ミュージシャンは全員マイケル・ジャクソンのようになっているはずだ。
私は、このゾーンに踏み込む方法はいくつかあると考えており、それが以下の2つ。
道具を使う方法と、精神的な方法だ。
道具を使うというのは、ドラッグ、アルコールである。
、、と言うのも、思い当たる節は無いだろうか。
往年の伝説のミュージシャン(全員とは言わない)には、この2つが何かしら関係しているのである。
ビートルズのジョン・レノンは、ドラッグを使用していた。
ギタリストのエリック・クラプトンはドラッグ、アルコール依存症。
レゲエミュージシャンのボブ・マーリーもマリファナ合法化支持者。
日本では、最近も覚醒剤所持で逮捕されてしまった槇原敬之氏がいる。
SMAPの「世界に一つだけの花」の作詞作曲者は彼だ。
おわかりいただけただろうか。
世界的、そして日本でも有名なアーティストがドラッグやアルコールと何かしら関係があり、かつ名曲も発表し、世に与えた影響も大きい。
ドラッグやアルコールを使った結果、無意識的にゾーンへ踏み込んで何かヒントを得たのではないか、と考えざるをえない。
ーーーーーーーー
さて、もう1つの方法は精神的な方法だ。
上に書いたデリケートな方法ではなく、ある意味誰でも出来る方法である。
「1つのことに対しての努力」だ。
これにより、上記の方法よりも安全な方法でゾーンへ踏み込むことが出来ると考えている。
音楽から外れてしまうが、フィギュアスケートの羽生結弦選手が金メダルを獲得した際のコメントでは「人生をスケートにかけてきて本当によかった」と話している。
私の音楽活動時代の話(20代前半の頃)だが、同年代でどんどん上手くなる人や、コンクールで優勝する人たちはある意味「自然に」そうなっていった感覚がある。
それは単純に練習量や、勉強量、音楽にかける時間、熱量の違いだったと認識している。
彼らはそれら全てが高いレベルにあったのだ。
何も行動せず、いきなり演奏力が向上するわけがない。
プロになる人たちには、背景にそれだけの理由があると確信している。
ーーーーーーーー
あとは、そのゾーンのどこまで踏み込めるかである。
わかりやすく人数と深さでイメージすると、、
ゾーンの浅い部分では[100人に響くもの] があり、深い部分では[100万人に響くもの] があるというイメージだ。
踏み込むことができても、どの深さまでいけるかは、その人次第。
1日1時間の努力なのか、10時間の努力なのかである。(質にもよる)
これが、全員が羽生結弦選手や、マイケル・ジャクソンにならない理由である。
ーーーーーーーー
最後に、拾ってきたものをどう使うか。という話だ。
何かしらの方法でゾーンへ踏み込み、[100万人に響くもの]を拾ったとしてもそれを曲や本や、映画といった形にできなければ何にもならない。
形にするにしても、知識や技術が伴わなければ100万が10万に変換されてしまうかもしないし、0になる場合もあるだろう。
また、拾うとは言っても無意識のため「拾ったことに気づかない」場合もあるのかもしれないし「自ら拾う」という能動的ではなく、持たされた、などの受動的な表現かもしれない。
センスというものがあるとするならば、センスが良いというのは拾うのことも、使うことも上手ということになるのだろう。
ーーーーーーーー
長々とお読みいだただき恐縮である。
以上、「名曲のカケラは、集合的無意識の中に存在している。」
という考えを説明させていただいた。
どうやって、どこまで踏み込み、拾ってきたものをどう形にするか。である。
今回は集合的無意識の中に潜るという表現をしたが、似たような表現でもう1つ出てきた「天から降りてくる。」
という言葉の解釈は降りてくるのではなく「自分が昇っている」というのが実は正解なのかもしれない。
taji