[自家製ミートソースパスタ]

 

見ていただきたいのはパスタではなく、その器である。

 

鮮やで上品な光沢がある黒。

この器は、無印良品で購入した「益子焼」の皿である。

 

益子町観光協会のホームページ

(気になる方はこちらへ!)

 

店舗で見てその姿に一目惚れしてしまった。

黒と、ベージュに近い白の2枚を購入した。

 

この皿に乗せると、いつもよりも美味しそうに見えるのが不思議だ。

料理という「作品」を作り上げた気分になり、写真撮影も力が入る。

 

美味しいかどうかは自分の腕次第にはなるが、作るときも食べるときも気分は最高である。

 

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クオリティはさておき、私は元々、ほとんど外食をしないで自分で食べたいものを作って食べている。

 

昨年、もっと美味しく作るには?という疑問が生まれ「道具」に頼ってみることにした。まず手始めに「鉄のフライパン」を購入した。これがまた大満足だった。

 

今までのフライパンにはない温度での調理が可能となり、まず違いがわかりやすかったのがチャーハンだった。ご飯がパラパラになった、などというレベルではなく火力の違いでこうも美味しくなるのかと感動した。そして、肉を焼くにしても綺麗な焼き目がつき、またそれが食欲をそそる。

購入以降、鉄のフライパンは大活躍している。

 

さて、それから次のステップが今回の「食器」だったのだと気づいた。

黒と白の皿、どちらに盛り付けようか。そんなことを考えながら料理をしているとワクワクする。きっとそれは料理に伝わり美味しくなると信じている。

 

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無印良品で購入した、と書いたが2020.7.10 現在でネットのストアにはこの商品がない。

どういったくくりの商品なのかわからないが、今回札幌の店舗で出会えてよかった。

 

外出自粛期間中に、自炊をすることが増えた方も多いのではないだろうか。

なんだか気分が乗らない、という方には「調理器具」「食器」をいい物にすることをおすすめしたい。

 

きっと、盛り付けが楽しくなり、料理をしたいという気分も上がっていくに違いない。

 

 

taji

皆様はスタジオジブリ作品の中で何が一番のお気に入りだろうか。

 

私は「天空の城ラピュタ」だ。簡単に言うと、男心をくすぐる冒険ストーリー、ロマンがある。

 

2020.6.26から、スタジオジブリ作品のうち4作品が映画館で再上映された。

 

風の谷のナウシカ 

もののけ姫

千と千尋の神隠し

ゲド戦記

 

(※風の谷のナウシカはスタジオジブリ発足前の作品。)

 

私もコロナウイルス対策をしつつ、先日、千と千尋の神隠しを観に行った。

映画館で観ることの意味の1つに「音」があると思っている。

 

後ろからの鳥の声が序盤の森のシーンで聴こえたり、耳で聴くのではなく「体」で音を浴びる感覚は映画館ならではだろう。

 

「あの夏へ」や「ふたたび」といった日本人に植えつけられている「夏」の感覚に直接響いてくるような曲をこの状況で聴くことができたのは幸せだった。

 

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さて、この作品の監督と言えば言わずもがな宮崎駿氏である。

宮崎監督の言葉で印象に残っている言葉がある。

 

「自分の才能を見極めるのは、一番恐ろしいことですから」

 

、、、以前のブログにも書いたかと思うが、私はユーミンの「あの日にかえりたい」をカバーして「自分からはこのメロディーは生まれない」と思い、プロというか、その道を諦めた。ある意味、才能を見極めた瞬間だった。

 

大人になるにつれ、色々なことを知って、現実を知って、自分の立ち位置を知る。

 

動画内で、

「できれば私も、風の谷のナウシカのような自分の世界を作りたいんですが、できるんでしょうか」

と質問をされている方がいて、宮崎監督が上のように答えている。

 

作りたい、と努力をしている人にしか作れないと思うが、その全員が作れるわけではないだろう。

 

私にはここまでしかできない。

その見極めは、とても残酷なものだろう。

 

 

 

何かしら、自分の才能を見極めたことがある人には響く言葉ではないだろうか。

 

taji

私の仕事は、病院の総務課である。

 

例えば一連のコロナの対策では、院内にバリケードを設けたり、食堂で席の間の2mを測ってテープを貼ったりなどといったことを行なっている。

 

事務職と言えば事務職だが、

プリンターが壊れたと聞けば病棟へ行って修理し、駐車場に違法駐車の車あれば行って張り紙し。

、、などと1日を通して席に座っていることが少ない日もあるほどだ。

(※うちの話です。病院の総務課の方が全員そうとは限りません。)

 

院内中で仕事をする私にとって「メモを取る」という行為はとても重要である。

 

幸い、社会人になりたての頃のクセでなんでもメモを取るようになった。

誰かと話をしているとき、書くものがないと落ち着かなくなる。

そのクセを植えつけていただいた諸先輩方にはとても感謝している。

 

 

そして今になり「次に何をするか」を明確化し、情報残すことができるメモの重要性に気づいた。

話をしている最中に、この話が終わった後に自分は何をするべきなのか、忘れそうな細かい情報も含め書き残しておく。

 

そんな行動指針としての「メモ」の重要性を考えるようになった。

長くなったがイントロはここまで。

 

今回、私が購入したものを紹介したい。

 

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「すぐログ ダイゴー A1286 土橋正氏監修 鉛筆付き 5mmドット」

(※左です。)

 

大きさ比較は一般的なこのようなカードの一回り大きいくらいだ。

おそらく、かなり「小さい」ということがお分かりいただけるかと思う。

手の中に収まる。

 

 

中身は5mmドットタイプをチョイスした。

 

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この大きさからわかるように、携帯性は抜群である。

Yシャツの胸ポケットに入れていても、たまに入っているかわからなくなるくらいで、常にメモするものを持ち歩きたい、という希望は叶えることができた。

 

しかし、この小ささはメモの取り方を選ぶだろう。

私は要所のキーワードを拾って、最終的に何をするか。を断片的にメモを取ることが多い。

手順だったり、長文を書こうとするならばこの小ささには向かないだろうと考える。

 

(余談だが、このメモ帳だからというわけでなく、私の書く字は小さいらしい。)

 

 

 

栞として使えるヒモ付きの鉛筆が付いている点も素晴らしい。

メモ帳はあるけど、書くものが無い。そんな状況が回避できる。

 

鉛筆はこのスペースに入れる。

 

専用の鉛筆と鉛筆削りが別売りで購入することが可能で、ずっと使用することができる。

 

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ヨドバシカメラの商品ページ

2020/06/30現在 ¥600(税込)

 

他のメモ帳と比べると、比較的高価な部類に入るだろう。

しかし、今回のこの商品をチョイスするにあたっては、

 

①ページの切り離しができないタイプ。

→切り離したページがどこかに行くことを避けるため。

 

②リングタイプではないこと。

→携帯しているとリングが変形したりして、紙が破れたり、めくりにくくなるため。

 

漠然とだが、この2点を避けた。

 

メモが残ることと、メモを取りたいと思うメモ帳であることは私の中では重要だった。

 

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[結論]

 

携帯性抜群。持ち歩きに便利で、ちょっとメモを取りたい時に最適。

 

なメモ帳である。

 

 

 

思いついた時に、すぐにログを残す。

というネーミング通りのメモ帳である。

 

今回のタイトルにもあるように、理想のメモ帳を求めていくつか他にも購入したものがある。ある程度使用してから書き残したいと思う。

 

 

taji

 

 

※ブログ名変更しました。

語呂的により親しみやすく、皆様の生活にうまく調和しますようにという願いを込めて。

書いている人間は変わりません。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

世に言う名曲はどこからどうやって生まれるのか。

ここでの名曲というのは [多くの人の心に響く曲] という定義とする。

 

ミュージシャンの端くれとしての私の愚見を、以下にまとめる。

 

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結論:「名曲のカケラは、集合的無意識の中に存在している。」だ。

 

(※私は皆様に自慢できるほどの曲を作ったわけではないが、エピソードとして読んでいただければ幸いである。)

 

私がこの考えの結論に至るきっかけになった出来事がある。

音楽活動を始めて2年目、曲を作っていた時だった。

 

ふと、ある時1フレーズが出来た瞬間に、そのまま1曲の全体像、世界観が頭の中で瞬間的に構築されて完成まで至ったのだ。

 

あの有名な「神田川」も電話越しに喜多條忠が読み上げた歌詞を聞いた南こうせつが、歌詞を聞きながらメロディーを口ずさんでいたというエピソードもある。

 

例えるならそのようなイメージである。

この時は「曲を作った」という感覚が合わなかった。

イントロを作って、Aメロを作って、、というような段階を踏んだわけでもなく、1曲のイメージを形にしていく作業であり、自分の「意思」とは切り離されていたように思えたからだ。

 

ちなみに、その時に完成した曲はこちらである。

サビの部分が最初に出来て、同時に概要欄に書いたストーリーも一気に出来上がった。ご興味ある方は是非お聴きいただければ幸いである。

 

よく、アーティストの世界には、天から降りてきたという表現がある。

私は、この「天」というのが「集合的無意識」であると考えている。

 

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集合的無意識とは、スイスの心理学者ユングが提唱した概念。

個人の意識の奥深い無意識の部分で、全ての人間が共有している領域。

そこには先人たちの記憶や英知がある。
(以上、私なりの解釈。)

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全ての人間が共有している、の部分が重要である。
簡単に言うと、全ての人間が共有している集合的無意識(以下、ゾーン)の中から [1万人の心に響くもの] や [100万人の心に響くもの] というカケラをそこから拾ってくる。

今回はそれを「曲」にするわけだが「本」でも「映画」でも当てはまると考えている。

大切なのは、そうやって拾ったカケラをどう「形」にするかである。

これはまた後ほど。

 

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さて、ではそんな夢のようなゾーンにどうやって踏み込むかだ。

簡単に踏み込めるなら苦労はないし、ミュージシャンは全員マイケル・ジャクソンのようになっているはずだ。

 

私は、このゾーンに踏み込む方法はいくつかあると考えており、それが以下の2つ。

道具を使う方法と、精神的な方法だ。

 

道具を使うというのは、ドラッグ、アルコールである。

、、と言うのも、思い当たる節は無いだろうか。

 

往年の伝説のミュージシャン(全員とは言わない)には、この2つが何かしら関係しているのである。

 

ビートルズのジョン・レノンは、ドラッグを使用していた。

ギタリストのエリック・クラプトンはドラッグ、アルコール依存症。

レゲエミュージシャンのボブ・マーリーもマリファナ合法化支持者。

 

日本では、最近も覚醒剤所持で逮捕されてしまった槇原敬之氏がいる。

SMAPの「世界に一つだけの花」の作詞作曲者は彼だ。

 

おわかりいただけただろうか。

世界的、そして日本でも有名なアーティストがドラッグやアルコールと何かしら関係があり、かつ名曲も発表し、世に与えた影響も大きい。

 

ドラッグやアルコールを使った結果、無意識的にゾーンへ踏み込んで何かヒントを得たのではないか、と考えざるをえない。

 

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さて、もう1つの方法は精神的な方法だ。

上に書いたデリケートな方法ではなく、ある意味誰でも出来る方法である。

 

「1つのことに対しての努力」だ。

 

これにより、上記の方法よりも安全な方法でゾーンへ踏み込むことが出来ると考えている。

音楽から外れてしまうが、フィギュアスケートの羽生結弦選手が金メダルを獲得した際のコメントでは「人生をスケートにかけてきて本当によかった」と話している。

 

私の音楽活動時代の話(20代前半の頃)だが、同年代でどんどん上手くなる人や、コンクールで優勝する人たちはある意味「自然に」そうなっていった感覚がある。

それは単純に練習量や、勉強量、音楽にかける時間、熱量の違いだったと認識している。

彼らはそれら全てが高いレベルにあったのだ。

 

何も行動せず、いきなり演奏力が向上するわけがない。

プロになる人たちには、背景にそれだけの理由があると確信している。

 

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あとは、そのゾーンのどこまで踏み込めるかである。

わかりやすく人数と深さでイメージすると、、

 

ゾーンの浅い部分では[100人に響くもの] があり、深い部分では[100万人に響くもの] があるというイメージだ。

 

踏み込むことができても、どの深さまでいけるかは、その人次第。

1日1時間の努力なのか、10時間の努力なのかである。(質にもよる)

 

これが、全員が羽生結弦選手や、マイケル・ジャクソンにならない理由である。

 

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最後に、拾ってきたものをどう使うか。という話だ。

 

何かしらの方法でゾーンへ踏み込み、[100万人に響くもの]を拾ったとしてもそれを曲や本や、映画といった形にできなければ何にもならない。

形にするにしても、知識や技術が伴わなければ100万が10万に変換されてしまうかもしないし、0になる場合もあるだろう。

 

また、拾うとは言っても無意識のため「拾ったことに気づかない」場合もあるのかもしれないし「自ら拾う」という能動的ではなく、持たされた、などの受動的な表現かもしれない。

 

センスというものがあるとするならば、センスが良いというのは拾うのことも、使うことも上手ということになるのだろう。

 

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長々とお読みいだただき恐縮である。

 

以上、「名曲のカケラは、集合的無意識の中に存在している。」

という考えを説明させていただいた。

 

どうやって、どこまで踏み込み、拾ってきたものをどう形にするか。である。

 

今回は集合的無意識の中に潜るという表現をしたが、似たような表現でもう1つ出てきた「天から降りてくる。」

という言葉の解釈は降りてくるのではなく「自分が昇っている」というのが実は正解なのかもしれない。

 

 

taji

先日、札幌の老舗ライブハウスCOLONYが閉店することになった。

コロナウイルスのショックと言っていいだろう。

 

この場所でライブをさせていただいたのは一度だが、様々なアーティストがライブをする場所として名前を頻繁に見ていたこともあり、今回の件は残念でならない。

 

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さて、2009年から音楽活動を始めた私の主戦場は「ライブハウス」ではなかった。

だからこそ、数少ない「ライブハウス」でのライブは印象に残っていることが多い。

 

札幌の地元トークになってしまうが、お許しいただきたい。

 

最も多くステージに立ったのは、MESSE HALL というライブハウスだ。

V系の方々には聖地とまで崇められていた場所のようだ。

ここは、私の人生を変えた「キクヤ楽器」が入っているビルの上階にあった。

 

楽器屋に通っていた私は、自然とそこでライブをすることが多くなった。

 

何度もやらせていただいているうちに、音響の方と協力して、MCの声をまるでドームで話しているかのようにエコーをかけていただいたり、もちろんギターの音も拘って調整していただいた。

 

そんな思い出のライブハウスは既に閉じてしまった。

正確には移転しているが、元の場所にはもうない。

 

大げさでなく、ライブハウスでのライブのやり方というのは、ここで全て教わったと思う。

本番前の楽屋の緊張した雰囲気。他の出演者とのやりとり。照明の演出の仕方。音作り。曲順、MC、ライブを作るということ。

 

あの頃は、他のミュージシャンみんながステージに夢を求め、命をかけて立っているように思えた。お前はどんなステージをするんだ?という視線、想いが交差する。

この中で一番良いライブをしてやると、ステージはまさに戦場といった雰囲気で、出番になりその場に向かう姿はとてもかっこよかった。

 

 

前の出演者の出番が終わり、楽屋に帰ってくる。

自分の出番だとギターを持ち立ち上がる、他の出演者から「頑張って!」と応援があり「行ってきます!」そんなやりとり。

ステージまでの廊下を歩く途中、会場の様子が見え更に気分が高まる。

 

舞台袖から、最低限の視界が確保された青暗いステージにスタッフさんの明かりを頼りに上がり、ギターを置く、エフェクターを並べ、ケーブルを繋ぎ準備をする。

チューニングをしていると、モニタースピーカーからステージ上の私にしか聞こえない声で音響の方から「ちょっとギターを弾いてください」と接続の確認が行われる。

 

問題なし。少し水を飲む。

 

スタッフの方から「SEが消えて真っ暗になったら、自分のタイミングで弾き始めてください。そしたら照明を点けます、それでは頑張って!」

 

最初の曲の運指を確認する。お客さんもそろそろ始める雰囲気を掴み取り、会場全体の緊張感が高まる。

出演者の入れ替え時にかかっているSEが遠くなり、視界も真っ暗になる。

 

この瞬間のために準備してきた自信を持ち、あとは自分を信じて弾き始める。

 

照明が点き、光の熱が伝わってくる。あとは夢中でその時間を楽しんでいた。

 

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ライブハウスデビューというのが、高校生の頃。

その頃はBrigeというライブハウスだった。現在はmoleという名前である。

 

高校生バンド、しかも初ライブ。

緊張と熱気で自分が何を弾いているのかもわからないような、あっという間の時間だった。

それでも、覚えているのはステージ上から見えた景色。

逆光の中クラスのみんなを探し、バンドメンバーとアイコンタクトをして、照明の熱気が包み込んだあのステージである。

 

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その他には昨年トリオでお世話になったPatosがある。

何度もやらせていただいているが、ここが一番照明が熱い。

 

ライブは見るよりも「演る」方が多い側だが、ライブが始まってから終わるまでの全ての時間がワクワクするもので、かけがえのない時間である。

 

ー2019.3.24 Live at Patos. Espresso trioー

 

ライブハウスに至るまでの日々は、出演者とお客さんでは道のりも視点も違うが、当日は同じ空間で時間を共有することができる。

 

COLONYだけでなく、多くのライブハウスが出演者にもお客さんにも愛されていると思う。

たくさんの人にとっての「夢の空間」が、いつまでもあり続けることを願う。

 

taji