ギターを初めて弾いた日、私にはなんと「二度」あります。
手に持って「音を鳴らした日」そして「弾いた日」です。
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その日、TVに釘付けになったのを覚えています。
私が中学1年生の12月の話です。
そうです、私がギターを弾き始めるきっかけになった番組です。
「M-1グランプリ2002」
年に一度の漫才の祭典です。まだ第2回大会。
出場していた人たちは、今でも覚えていますね、、
ハリガネロック、ますだおかだ、ダイノジ、テツandトモ、フットボールアワー、笑い飯、おぎやはぎ、アメリカザリガニ、スピードワゴン。
VHSテープで録画して、何度も見返していました。
見返しすぎて、内容を覚えてしまって、友達に一人漫才を披露していた記憶があります。
もうお分かりですね。
「テツandトモ」のお二人を見て、私はギターを始めました。
ギターを弾き始めた理由ランキングがあるとしたら完全にランク外でしょう。
でも今から思ったら不思議なんです。
この時の状況をよく考えたら、私にギターを始めさせるように何かの力が働いていたとしか思えないのです。
よし、ギターを弾きたい!
そうは言ってもギターなんて都合よく家にあるわけが、、あったんです。
父がその1年前くらいに買っていたのです。
ちょうど、渡辺香津美がNHKでギターの番組をやっていたタイミングです。
テツandトモを見てから数日後、勇気を振り絞って父に「ギター弾いてもいい?」と言って借りました。
今はスマホでコードなんてすぐ出ますけど、その時はPCでWindows2000 とかですよ。
それでも夢中でテツandトモを調べたら「なんでだろう」のコードが出てきました。
「やった!これで弾ける!えーと、Am,E7,...」
しかし、この時大問題が起こっています。
ギターのチューニングが合っていなかったのです。
(父親も買ったはいいけど、弾いていませんでした。)
ここから重要です。
父は、「チューニング合ってないぞ」と教えてくれなかったのです。
そもそもチューニングなんて知らない私は、なんか、、違うなと。
ちゃんと押さえてるはずなのに、、おかしいな。。
それから2週間くらい経ったでしょうか。年も明けました。
違和感を持ち続けたまま、なんだかんだ押さえてみて、トモの手の動きとか真似してギターには触れていました。
ある日の昼下がり、父が録画してあったNHKの番組を引っ張り出してくれました。
ここで渡辺香津美先生の登場です。
初めて、チューニングをします。
母もギターのことはよく知りませんから、「チューニングしてみたら?」みたいな感じです。蕎麦に「薬味はお好みで」みたいな、いやいやチューニングはお好みでしないですよね、マストです。
TVの中の渡辺香津美先生が「音はこう合わせます、E,A,D,G,B,E」
「待って、もう1回!(E〜♩)」
「音はこう合わせます、E,A,D,G,B,E」
「待って待って、もう1回!(A〜♩)」
「音はこう合わせます、E,A,D,G,B,E」
・・・そして、全ての弦のチューニングが終わったと同時に指はAmを押さえていました。
間を置かず勢いよく右手を振り下ろし、ジャっと鳴った瞬間、周りにいた家族も含め全員が
「おぉ〜〜!本物だ!」
この時の感動と景色は今でも覚えています。
よく考えると・・・
今思うと衝撃的ですね。
2週間くらい、チューニングが合っていないギターで練習していたという事実。
なぜ、父は教えてくれなかったのか。
2つの説が考えられます。
①父もチューニングが合っていないことを知らなかった。
あまり弾いていませんでしたから、若干ありえます。
②初めてちゃんと弾けたあの瞬間の感動を私にくれるため。
2週間「感動」というバネを押さえつけた反動は、何もしていないよりも何十倍にもなりました。
②だと、思いたい。。ですね。
それでも、①でも②でも、父には感謝しています。
父がくれたのは、チューニングの大切さじゃないです。
「自分で見つける感動」です。
なんでもかんでも教えたり、やってあげたりしないこと。それが何かをチャレンジする人には大切です。
なぜなら、その過程に感動が全くないからです。
そして今
その後、ギターを始めた私の人生は想像できないほど鮮やかで、素晴らしいものになりました。
今も、その道の途中です。
チューニングが合って、初めてちゃんと弾けた日の感動がここまで連れてきてくれたんだと、そう思わずにはいられないのです。
将来、自分に子供ができて、ギターを弾きたいと言ったら。
チューニングは教えないでおこうかな。
いや、むしろテツandトモを見せよう。
taji