(牛肉の赤ワイン煮込み)

 

タイトルの通りである。

男なら人生で一度は、牛肉を赤ワインで煮込みたくなる。

私にとって、たまたまそれが昨日だったわけだ。

 

牛肉に、赤ワイン。その響きがもう反則だ、もはや枕詞だ。

 

(パスタにもしましたよ)

 

「煮込む」ということに謎の憧れがあった。

子供の頃見ていた「日本昔ばなし」「忍たま乱太郎」などに出てくる山奥に住んでいる爺さん婆さんが、囲炉裏の中央の鍋で何かを煮ている。

 

そっと蓋を開ける。

湯気がふわっと立ち上がる。

グツグツと煮立つとても美味しそうな煮物。

 

そんなイメージが煮物を作るとき、頭の中に鮮明に浮かぶ。

 

 自己採点 

 

出来栄えは60点。甘みと深みが物足りない。

大きな理由は、食材不足と、感覚不足。

 

野菜、そしてハーブ類が少し足りなかった。

それを追加したらよりレベルが上がることを期待したい。

 

感覚不足は、美味しいお手本を食べたことがないという意味である。

お手本と自分のを比べることができれば、何が足りないかを模索できる。

 

比較ができると、自分の立ち位置がわかる。

どちらに向かえばいいかは、自ずと見えてくる。

 

子供の頃見た爺さんと婆さんが囲炉裏の鍋で作っていたのが、牛肉の赤ワイン煮込みだったらと考えると、少し面白い。

 

 

taji

ジョコビッチもフェデラーも、人間を越えた戦いをしている。

2019年、ウィンブルドン決勝。

 

4時間以上戦って、それでいてなお顔色ひとつ変わらない精神状態は一体どんなものなのか興味がある。

 

しかし楽しそうだ。

きっと楽しいのだ。

 

いつまでも終わってほしくない時間を、二人が永遠と未来へ伸ばしているような気がする。その時間には諦めや疲れたという感情は邪魔でしかない。

 

さあ、最終セットは12-12、ここからタイブレーク。

 

D 4-2 F

 

試合時間は、4時間48分を越えたそうだ。

 

D 4-3 F

D 5-3 F

D 6-3 F

 

ジョコビッチのチャンピオンシップポイント。

現地で見ている関係者は気が気じゃないだろう。

 

・・・最後は、フェデラーが打ち上げて試合終了。

 

どこに打っても打ち返してきて、スキを逃してくれず、離しても追いついてくる、この球がアウトになったらどうしよう。


私だったら頭によぎってしまいそうだ。


しかし二人にとってはそんな感情は自覚しないか、過去に忘れ去ったのだろう。

 

最後のインタビュー。

フェデラーは「楽しい試合だった」

ジョコビッチ「最後はタイブレークになるのを願っていた」

 

人間、誰もが持ってしまうネガティブな感情を凌駕するほどのレベルに達したら、待っているのは楽しさだけかもしれない。

 

taji

ちょっとずれた視点の感想なんていかがでしょう?

 

「50本、映画を見よう。」

そう思ったのは2018年の年末。

そしてその瞬間、2019年の私の目標は「映画を50本見ること」にしました。

 

2019年7月11日までの約半年間で28本。週一のいいペース、だいたいAmazon primeです。

 

そのAmazonのレビューや評価を見ていて、いかに私の感想は人と違うかを実感しました。

コメントで酷評されている部分が逆に「そこが良くない?」と思ったり。

評価されている部分が逆に「そこじゃなくない?」と、どうしてだろう、この2つのセリフはなんかギャルっぽい。。じゃなくなくない?

 

どうやら私は、多くの人とは違う部分が気になるようです。

これから、映画を見たら私なりの感想を書きたいと思います。

 

「あ、その映画見たいと思ってた!!」

という方、若干内容に触れるかと思いますのでご注意ください。

 

(※ストーリー挟みます。感想は下です。飛ばしたい方は一気に下へ。)

 

 

先日見たのは「ナミヤ雑貨店の奇蹟」

 

原作、東野圭吾。

「え、ミステリーかな?」と思いました。

どうやら感動作らしい、と予告編が流れてそのベクトルは変更しました。

同作者の「手紙」もミステリーではなく感動系でしたね。

 

【ストーリー】


2012年。幼馴染の敦也、翔太、幸平の3人は、ある日夜を明かすため1軒の廃屋に忍び込む。そこはかつて悩み相談を受けることで知られていた「ナミヤ雑貨店」だった。今はもう廃業しており、自分たち以外誰もいないはずの店内に、突然シャッターの郵便口から手紙が落ちてくる。なんとその手紙は32年前に書かれた悩み相談だった。敦也たちは戸惑いながらも、当時の店主・浪矢雄治に代わって返事を書く――。
彼らの回答で人生が変わっていく相談者たち。次第に明らかになっていく雑貨店の秘密と、相談者たちと敦也たちの共通点。彼らがこの雑貨店に忍び込んだのは偶然ではなかったのか――?
そして、敦也たちがある人物からの"最後の手紙"を受け取ったとき、彼らの運命が大きく動きだす――。
全ての繋がりの謎が明らかになる時、思いもよらない驚きと感動のラストが待ち受ける。

Amazon ページより

 

 

 感想 「素直さ」 

 

以下感想です。

 

 

相談者、迷える子犬さんの「素直さ」がグッときました。

 

2012年から、金銭的なトラブルを抱えた1980年代に生きる「迷える子犬」さんに、未来のアドバイスをし、その通り実行し、実業家として成功を納める。というのがこのパート。

 

ーーーーー

僕(2012年の登場人物)の言う通りにしたら、お役に立てるかもしません。

80年代後半バブルが来ます。経済の勉強をして、不動産を買って転売してください。

90年代に入ると状況が一気に変わります気をつけて。

その後、携帯電話というものが発明されます・・・

ーーーーー

 

という内容が書いた手紙をアドバイスとして受け取ります。

 

ここで、皆さんに質問です。

あるかないか、わからない未来の話を信じて行動できますか?

 

作品中では、行動したんですね。

 

 

 見習いたいけど、なかなか。。

 

感動のストーリー、複雑な伏線の回収。よりもこの映画の凄い部分はここです。

 

いやそうは言っても、本当にそんなこと起きる?

携帯電話?聞いたことないわ。

 

と言って、迷える子犬さんが行動しない選択肢もありました。

 

だから今でいうと、、

 

ーーーーーー

2020年前半に「どこでもドア」が開発されます。その前に車は売りましょう。

その後しばらくして、お金という概念が無くなります。お金は使い切って、自給自足の生活ができる状況に身を置きましょう。

ーーーーーー

 

と言われて、やりますか?という話です。

 

1つだけ間違いないことがあります。

これを信じてやるかやらないかを「決める」のはあなた自身ということです。

 

 日常的な話 

 

この映画の場合は、未来からのアドバイスでした。

では、我々の日常の場合はいかがでしょう。

 

例えばライザップに行って「このメニューを食べてください。」と提示されたとき

 

「わかりました!」という人と

「え〜、先生もっとパスタとか食べたいんですけど」という人

 

どちらが、早く確実に痩せられるでしょうか。

明らかに前者です。

 

その通りやれば上手くいくよ。と言われていることを「素直に」行動できるかではないでしょうか。

「迷える子犬」さんは「素直に」言われた通り未来を信じて実行しました。

 

皆さんも、色々な方からアドバイスを受ける機会があると思います。

 

信頼が置ける人のアドバイスであれば「素直に」やってみると、未来はきっと早くいい方向に変わっていくのではないでしょうか。

 

以上、「ナミヤ雑貨店の奇蹟」の私なりの感想でした。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

taji

歌の音程が合っている。

ギターの早弾きがすごい。

 

その人のライブパフォーマンスで、上手だなと思う瞬間があると思います。

音楽活動を始めて今年で10年、そんな私が考える「上手」な人とはどんな人か。

 

 Lupin JAZZ LIVE 

 

先日、ルパンジャズライブに行きました。

私はそもそも、ルパン三世が大好きなのです。

 

あれは、中学3年生の時の春休み。

近所の閉店するレンタルビデオ屋さんで「10円」という「もやし」みたいな値段で、大量にルパン三世をレンタルし、見尽くしたのがきっかけでした。

(もやしの強調は特に意味はありません)

 

そこからルパン三世の作曲者、大野雄二さんの楽曲を聴くようになりました。

大野さんはジャズピアニストです。トリオや、バンドなど色々なスタイルでジャズを中心とした楽曲をリリースされています。

 

ちなみに、、

名探偵コナンのテーマの作曲者は、大野克夫さんです。同じ「大野」まさか、、

 

はい、全くの無関係のようです。

 

 ライブの様子 

 

ライブは6人編成で、重厚かつ、それぞれが特徴的なサウンドでした。

盛り上がるところは盛り上がり、スコーンとトランペットのソロがあり。

ジャズらしく素晴らしいソロ回しがあり、といったライブでした。

 

しかしこう書くと、メンバーの皆さんに申し訳ないかもしれませんが、、

一番印象に残ったのはアンコールの大野さんの、ピアノソロでした。

 

 私の考える上手さ 

 

私が楽器を弾く、音楽をする時に一番大切にしている表現は「弱」です。

ダイナミクス(強弱)、とも言います。

 

シンプルに言うと「音量の幅」です。

0〜100までの音量があるとしたら、どのくらいの幅を表現できるかです。

 

 

まだまだ表現は追求中ですが、この曲がその意識を表現しやすいです。

音楽の場合は「百聞は一見に如かず」の逆ですね「百見は一聞に如かず」

「音量の変化」を意識して聴いてみていただけると嬉しいです。
 

ちなみに皆さん、カラオケで歌うとき「音量」を意識されていますか?

得点を狙うときは最初小さく、サビを大きく歌うといいと聞いたことがあります。

評価としてダイナミクスは存在しているということです。

 

 全てを変えたピアノソロ 

 

その大野さんのピアノソロはまさに圧巻でした。

アンコールMCでルパン三世の生みの親、モンキーパンチ氏が先日亡くなられたことに触れたあと、消え入るような声で「じゃあ、この曲弾こうかな。ルパン三世のテーマ・・・」

MCでも「弱」を表現されていたことは今は置いておきましょう。

 

そして、静寂に包まれたホールに、まるで水の雫が一滴ずつ落ちるかのように響く、

ピアノのみのバラードアレンジのルパン三世のテーマ。

 

サビで85を表現し、テーマは滝のように一気に落とし、10を表現。

 

その表現によって曲の世界に惹きこまれ、全員がピアノの音に集中しているのがわかり、会場の空気が明らかに変わりました。

 

そしてその瞬間「自分が表現したい音楽はこれだ。」と、改めて確信しました。

 

 

 考えている次元の違い 

 

私の音楽活動の中で欠かせないアーティストの一人が荒井由実です。

いつか詳しく書きますが「才能」とはこの人のことだと思っています。

 

そんな彼女の言葉で、締めたいと思います。

 

ユーミンの楽曲に「Woman "Wの悲劇" より」という1曲があります。

嵐の番組に出ていたユーミンは、この曲は「神がかっている」と自画自賛していました。

そこで嵐の櫻井くんが聞くわけです。

「それは、メロディーがいいとか、歌詞がいいということですか?」

 

間髪入れず、ユーミンはこう答えます。

「それは当たり前で・・・」

 

次元が違いすぎて笑ってしまいました。

やはりこの人はアーティストとして、考えの次元が違う。。

 

 

言い換えると、ライブパフォーマンスとして音程が合っているとか、リズムが合っているとか、は「当たり前」なのかもしれません。

そこから先の何かを表現できるかが、大切なのではないでしょうか。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

taji

ギターを初めて弾いた日、私にはなんと「二度」あります。

手に持って「音を鳴らした日」そして「弾いた日」です。

 

~~~

その日、TVに釘付けになったのを覚えています。

私が中学1年生の12月の話です。

 

そうです、私がギターを弾き始めるきっかけになった番組です。

 

「M-1グランプリ2002」

 

年に一度の漫才の祭典です。まだ第2回大会。

出場していた人たちは、今でも覚えていますね、、

 

ハリガネロック、ますだおかだ、ダイノジ、テツandトモ、フットボールアワー、笑い飯、おぎやはぎ、アメリカザリガニ、スピードワゴン。

 

VHSテープで録画して、何度も見返していました。

見返しすぎて、内容を覚えてしまって、友達に一人漫才を披露していた記憶があります。

 

もうお分かりですね。

「テツandトモ」のお二人を見て、私はギターを始めました。

ギターを弾き始めた理由ランキングがあるとしたら完全にランク外でしょう。

 

でも今から思ったら不思議なんです。

この時の状況をよく考えたら、私にギターを始めさせるように何かの力が働いていたとしか思えないのです。

 

 よし、ギターを弾きたい! 

 

そうは言ってもギターなんて都合よく家にあるわけが、、あったんです。

 

父がその1年前くらいに買っていたのです。

ちょうど、渡辺香津美がNHKでギターの番組をやっていたタイミングです。

 

テツandトモを見てから数日後、勇気を振り絞って父に「ギター弾いてもいい?」と言って借りました。

 

今はスマホでコードなんてすぐ出ますけど、その時はPCでWindows2000 とかですよ。

それでも夢中でテツandトモを調べたら「なんでだろう」のコードが出てきました。

「やった!これで弾ける!えーと、Am,E7,...」

 

しかし、この時大問題が起こっています。

ギターのチューニングが合っていなかったのです。

(父親も買ったはいいけど、弾いていませんでした。)

 

ここから重要です。

父は、「チューニング合ってないぞ」と教えてくれなかったのです。

 

そもそもチューニングなんて知らない私は、なんか、、違うなと。

ちゃんと押さえてるはずなのに、、おかしいな。。

 

それから2週間くらい経ったでしょうか。年も明けました。

違和感を持ち続けたまま、なんだかんだ押さえてみて、トモの手の動きとか真似してギターには触れていました。

 

ある日の昼下がり、父が録画してあったNHKの番組を引っ張り出してくれました。

 

ここで渡辺香津美先生の登場です。

初めて、チューニングをします。

母もギターのことはよく知りませんから、「チューニングしてみたら?」みたいな感じです。蕎麦に「薬味はお好みで」みたいな、いやいやチューニングはお好みでしないですよね、マストです。

 

TVの中の渡辺香津美先生が「音はこう合わせます、E,A,D,G,B,E」

「待って、もう1回!(E〜♩)」

「音はこう合わせます、E,A,D,G,B,E」

「待って待って、もう1回!(A〜♩)」

「音はこう合わせます、E,A,D,G,B,E」

 

・・・そして、全ての弦のチューニングが終わったと同時に指はAmを押さえていました。

間を置かず勢いよく右手を振り下ろし、ジャっと鳴った瞬間、周りにいた家族も含め全員が

 

「おぉ〜〜!本物だ!」

 

この時の感動と景色は今でも覚えています。

 

 よく考えると・・・ 

 

今思うと衝撃的ですね。

2週間くらい、チューニングが合っていないギターで練習していたという事実。

 

なぜ、父は教えてくれなかったのか。

 

2つの説が考えられます。

 

①父もチューニングが合っていないことを知らなかった。

あまり弾いていませんでしたから、若干ありえます。

 

②初めてちゃんと弾けたあの瞬間の感動を私にくれるため。

2週間「感動」というバネを押さえつけた反動は、何もしていないよりも何十倍にもなりました。

 

②だと、思いたい。。ですね。

 

それでも、①でも②でも、父には感謝しています。

父がくれたのは、チューニングの大切さじゃないです。

 

「自分で見つける感動」です。

 

なんでもかんでも教えたり、やってあげたりしないこと。それが何かをチャレンジする人には大切です。

なぜなら、その過程に感動が全くないからです。

 

 そして今 

 

その後、ギターを始めた私の人生は想像できないほど鮮やかで、素晴らしいものになりました。

今も、その道の途中です。

 

チューニングが合って、初めてちゃんと弾けた日の感動がここまで連れてきてくれたんだと、そう思わずにはいられないのです。

 

将来、自分に子供ができて、ギターを弾きたいと言ったら。

チューニングは教えないでおこうかな。

 

いや、むしろテツandトモを見せよう。

 

 

taji