1971年にスコットランドで結成。
1973年にエリック・クラプトンのコンサートサポートを務め同年にデビュー。
1974年にニューヨークに渡り、2枚目のアルバム「AWB」を発表。
アルバムからシングルカットされた「Pick up the pieces」は
1975年にインストゥルメンタルの曲としては異例の全米1位の大ヒットを記録した。
この曲は私の好きなINCOGNITO の十八番でもある。
バンド名の通りメンバーは白人ながら(後に黒人メンバーも在籍)、音は非常に黒い。
そのためホワイト・ソウル、ホワイト・ファンクと呼ばれることがある。
1980年には、あのDAVID FOSTERをプロデューサーに迎え、
アルバム「SHINE」を発表。
そこに収められた一曲が「Whatcha' Gonna Do For Me」
この曲を聴いたチャカ・カーンがレコーディングしたいと申し出、
全米53位、R&B 1位というヒットを記録。
バンド自体は何度かのメンバーチェンジを経てディスコ調の「AVERAGE WHITE BAND」もヒットするが
バンドは行き詰まり1982年に解散。
1996年に再結成し現在も活動中。

1973年にエリック・クラプトンのコンサートサポートを務め同年にデビュー。
1974年にニューヨークに渡り、2枚目のアルバム「AWB」を発表。
アルバムからシングルカットされた「Pick up the pieces」は
1975年にインストゥルメンタルの曲としては異例の全米1位の大ヒットを記録した。
この曲は私の好きなINCOGNITO の十八番でもある。
バンド名の通りメンバーは白人ながら(後に黒人メンバーも在籍)、音は非常に黒い。
そのためホワイト・ソウル、ホワイト・ファンクと呼ばれることがある。
1980年には、あのDAVID FOSTERをプロデューサーに迎え、
アルバム「SHINE」を発表。
そこに収められた一曲が「Whatcha' Gonna Do For Me」
この曲を聴いたチャカ・カーンがレコーディングしたいと申し出、
全米53位、R&B 1位というヒットを記録。
バンド自体は何度かのメンバーチェンジを経てディスコ調の「AVERAGE WHITE BAND」もヒットするが
バンドは行き詰まり1982年に解散。
1996年に再結成し現在も活動中。
