先日、大阪城の東側、梅も咲き始めているエリアに行ってきました。

もう、かなりの人出で、コロナ禍のころとは、全く違う雰囲気になりかけていました。

誰かが言っていたように、コロナは社会的に終了するようです。

医学的には、まだ存在するし、流行もあるのでしょうが、社会的には

終了するのです。

誰もが思うことですが、この3年間は何だったんだろう?

自分の人生の中で、3年間が終わってしまったのです。

もう、取り返すこともできないし、

3年間を人生の中で、上乗せしてくれるわけでもない。

やはり、みんな前を向いて、進んでいくしかないのです。

4月からのギリシャ、トルコへのエクメネ旅行は、あと1ヵ月

に迫ってきました。

偶然、行き、帰りのチケットは購入済みで、中の旅程は、

未定にしていたおかげで、トルコエーゲ海旅行を早めに

切り上げて、バルカン半島でも行こうかと、考えています。

もう時間も迫ってきたので、そろそろ最終確定しなければ。

 

 

Ökumene エクメネの旅 2023年からの再開を喜んでいました。

しかし、突然のトルコ大地震。

2月6日に起こってから、徐々に様子が見えてきました。

M7.8ということで、しかも内陸直下型ということで、甚大な被害

が起こっています。現時点で、トルコ・シリア両国で

2万5千人以上の死者が出ているようです。

英国政府は、被災地域への定期便取りやめを発表しているようです。

被災地西方のアダナへの英国航空機発着も取りやめているようです。

トルコ南東部以外の発着は変更なしーとのことです。

私が予定しているイスタンブール、イズミル、エーゲ海沿岸方面は、

今のところ大丈夫なようです。

カッパドキア地方は、もともと訪問先から外していたので、調べていません。

イズミル、エーゲ海地方の最終ホテル予約をもう少し先に延ばすことにしました。

いろいろ議論はありますが、被災地応援の為には、トルコ国への

旅行は、予定通り行うべきかなと感じています。

トルコは大の親日国。また両国とも地震多発地帯ということもあり、

いつも連帯しています。

がんばれ! Turkey!

 

 

 

 

 

 

Ökumeneイメージ プトレマイオス地図より (yahoo)

ブラジルから帰ってきた大学教授の経済地理学講義で聞いた、

「Ökumene」、エクメーネという言葉

人間の居住地域を表す概念だそうだが、この言葉に惹かれて、

仕事でも、旅行でも数多くの地域を訪問してきました。

それが、コロナの流行によって、丸3年以上も空白が出来て、

ふと、気が付いて見ると、自分も3歳も年をとってしまった事実に

愕然とする。

それでも、また再開しようと思って、過去の流れも勘案して、

結局、自分が気に入った国を再開の初めに選んだのです。

ギリシャ サントリーニ島

ギリシャはエーゲ海の美しさ、Three Fingers(Chalkidiki)

地域の素晴らしさに憧れをもっていて、一押しの国です。

トルコは、30年以上前にトプカピ宮殿を訪れて、オスマントルコ

の歴史に圧倒されました。

また、対日感情が良い点も素晴らしいです。

そんな訳で、4月の初めに、まずアテネに入って、2-3日、アテネ市内

を回ろうと計画しています。

イスタンブール

その後、トルコ、イスタンブールに入り、今度こそ、じっくりとイスタンブール

市内を巡って、その後、イズミルへ行く予定です。

エフェソス遺跡、ペルガモン遺跡などオリエント文明に浸ろうと思っています。

その後、クシャダスからサモス島へ渡って、ピタゴラス定理で有名な

ピタゴラス出身地も回れたら、興味深いと考えています。

最後はアテネに戻って、Kalambakaのメテオラ地域を訪問して、

帰国しようと計画を練っています。

また、その都度アップデートしていきます。

チケットも60-70%手配したので、大筋は変わらないと思います。

ギリシャ アテネ シンタグマ広場付近

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京都二条城 東大手門

先日、トレーニングを兼ねて、京都 二条城を訪問しました。

遠足とか修学旅行とかでは尋ねた記憶はあるのですが、積極的に

見に行ったのは初めてです。

京阪三条から賀茂川

京阪三条から徒歩で、二条城まで行ってみようと思い、歩いていったのですが、

歩行訓練中の我が身には堪えました。

途中、2-3か所で休憩しながら、何とか辿り着きました。

三条あたりの商店街は観光客、地元客で結構混んでいました。

何か、観光京都の復権みたいで、うれしくなりました。

久しぶりに見た二条城は、想像以上に立派で、大きいものでした。

名前だけの城だと思っていましたが、実際、立派な平城だったのです。

改めて、その歴史を知ることになりました。

二の丸御殿入口

徳川家康が豊臣秀頼と会った場所でもあり、大政奉還の舞台でもあります。

1600年初めから、徳川幕府の終わりまで、紆余曲折はあったものの、

300年近く、その存在を歴史上に残していたことになります。

 

二条城には、二の丸、本丸以外にも、立派な庭園があります。

この庭園も広大で、まさに二条城が城だった証左でもあります。

久しぶりに訪れた二条城は厳として京都のど真ん中に鎮座していました。

 

帰りは、二条城から地下鉄に乗って、三条京阪迄もどりました。

3駅ほどありましたので、まあまあ、歩いたのかと感じています。

家に帰ると、4月からのフライトが一部変更になったとチケット会社から

連絡きていました。

宇治平等院

いよいよ4月には、ギリシャ・トルコへエクメネökumene探しの旅

に出るので、事前準備をしていきます。

まずは、2022年に3回入院して弱ってしまった歩行機能の回復です。

一時は歩行も困難な状況になり、どうしよう。。。と悩んでいましたが、

マットレスを変更したり、電気毛布を敷いたり、水泳、最近では筋力

トレーニングも実施して、何とか普通に近い状態になりました。

 

宇治平等院は、たぶん何十年も行っていません。

遠足とか旅行で行った思い出はあるのですが、もう自分の中では、

映像では残っていません。

京阪電車の宇治駅を降りると、すぐに宇治川に出ます。

宇治橋も何か昔の面影はありますが、きれいに整備されています。

 

40-50年以上前、宇治川はハス釣りで有名でした。

20CMを超えた位から、長尺の競技会のようなものもありました。

最近では、ブラックバスに捕食されつくしたのか、ハスの名前も

聞かなくなりました。

 

宇治橋の近くは良さそうなポイントもあるのですが、

きっとブラックバスばかりでしょう。

 

さて、宇治平等院は以前と変わらずメンテナンスされ、風情の極み

といったスポットも点在します。

平安貴族は、このようところで、別荘を建立し、優雅に過ごしていく様

を偲ぶことができます。

 

少し京都の中心部からは離れていますので、趣も多少異なりますが、

平安公家の隠れ場所、源氏物語、紫式部のイメージを膨らませると、

何となく宇治平等院、鳳凰堂のイメージが理解できるかもしれません。

怒涛のバブル時代を経て、令和にたどり着いて、これから人口も

減っていくので、宇治平等院の風情は保たれるのだろうと思います。