冬休み中は毎日投稿することにしました。ですが、正月も近くこたつに入って家族団欒していた今日この頃、話せる話題などあるわけもなく、逃げの一手として数学に走ることになってしまいました。まあ頑張って高校生の内に書き上げたいので良いんですけど(笑)。

さて、前回書いたようにまずは通史を紹介します。というのも、Riemann予想はその主張の美しさもさながら数学的な背景だけでなく、歴史的な背景も相まって、こうも人々を惹き付けるものになっていると考えているからです。ですので、数学好きの皆さんには申し訳ないですが、本格的な話は少し先になります。とは言ってもあと2,3回でまとまると思いますけど。

では本題に入ります。Riemann予想は整数、とりわけ素数に関連する予想ですが、素数の研究は紀元前から始まっています。そこは古代ヘレニズム文明の栄えた地アレクサンドリア、大図書館にはその当時の最大の知識が蓄積され、最高の知能が集っていました。数学は研究の対象とされ、Euclidはその当時の数学の知識を集大成した「原論」を書き上げました。そしてそこには数多くの整数に関する研究成果も記されています。有名な所では2数の最大公約数を導くアルゴリズム(互除法のこと)の開発や、ペル方程式の解の存在条件の発見などがあります。そして、素数に関しては素因数分解の一意性の証明や素数が無限に存在することの証明が与えられました。これらは有名なので詳細は割愛させてもらいますが、彼らが初めて「証明」を用いて素数に関して研究したということは強調するに値すると思います。話は反れますが、この原論は以降、学問的な記述の手本と長らくされました。というのも、その公理に従い厳密に論証をこなすやり方はまさしく学問の完成形と見られたからで、Newtonの物体の運動をまとめた「プリンキピア」もこんな感じで書かれています。このように原論は数学だけでなく、学問全体へ影響を及ぼした一大ベストセラーなのです。

さて、原論以降一旦数学は停滞期を迎えます。しかし時は3世紀、ディオファントスが「算術」を記します。そこにはEuclidの時代にはなかった方程式を用いた代数的な数学的手法が書かれており、特に不定方程式の整数解などが研究されていました。ですが、3世紀という時代でピンと来た方もいると思います。ここからローマ帝国が崩壊し、ローマ・オリエント世界は堕落していき、中世へと入っていきます。この時代はイスラム圏の数学者が活躍し、特に整数論としては0の発見とアラビア数学を用いた十進法表記などが成果として挙げられます。しかし、素数の研究に関してはまだある人物を待たなくてはなりませんでした。次回はその人物とその前に数論を語る上で外せない人物の2人を紹介していきます。