松島シリーズの続編です。
ちょっとした手違いから、7月に2回続けて投稿してから、気づいてみたら一か月以上、間が開いてしまいました。
今回は、五大堂を取り上げます。
五大堂(ごだいどう)は、歴史・建築・景観の三拍子がそろった、まさに“松島の象徴”とも言える存在です。
松島湾に浮かぶ小島に建てられており、海に囲まれた神聖な空間となっています。
創建は、平安時代の大同2年(807年)、征夷大将軍・坂上田村麻呂が建立した毘沙門堂が起源です。
名前の由来は、天長5年(828年)、慈覚大師・円仁が五大明王像を安置したことで「五大堂」と呼ばれるようになりました。
階段を上ったところにある、朱塗りの橋です。
五大堂が建つ小島の手前にも、小島があります。
五大堂へ渡る際に本州 → 手前の島 → 五大堂の島という順になります。
この橋の先には、売店があります。
先ほどの橋の先には、更に2つの朱色の透橋(すかしばし)があります。
この橋は、足元が格子状になっていて、隙間から海面が見える構造になっています。
参拝者が聖域に入る前に心を引き締めるための戒めとして造られたもので、「足元を見て将来を見定める」という意味も込められているそうです。
五大堂のある小島に渡る透橋の手前には、松島八幡宮(まつしまはちまんぐう)のお堂があります。
地元では「八幡さま」として親しまれています。
五大堂が仏教の聖域であるのに対し、八幡宮は神道の神社であり、武運や縁結びのご利益があるとされています。
創建年代は不詳ですが、松島の守護神として古くから信仰されてきました。
五大堂へ向かう前に立ち寄る人も多くいます。
神社で心を整え、透橋で身を引き締め、そして五大堂で祈りを捧げるという、流れになっています。
五大堂がある小島に渡る、もう一つの透橋です。
格子状の足元から海が見え、スリリングな気分を味わうとともに、一歩ずつ慎重に橋を渡りながら、過去の記憶や未来への期待を胸に五大堂へ向かうことになります。
この建物が、五大堂です。
現在の建物は、慶長9年(1604年)、仙台藩初代藩主・伊達政宗によって再建されたものです。
東北最古の桃山建築として国の重要文化財に指定されています。
堂の正面からは日本三景・松島の島々が広がり、松島湾の絶景を観ることができます。
反対側には福浦橋と福浦島が望める絶好のフォトスポットにもなっています。
ここから海を眺めていると、湾内を行き交う遊覧船、風の音、潮の香り、遠くの島影などが、沢山の感情を引き出す舞台装置になっているように感じます。
次回は、遊覧船からのレポートになる予定です。
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