松島シリーズの続編です。
前回レポートした天麟院を出ると、この看板がありました。
この矢印に従い、円通院へと向かいます。
円通院(えんつういん)は、臨済宗妙⼼寺派(りんざいしゅうみょうしんじは)の寺院で伊達政宗公の嫡孫(ちゃくそん)光宗公の菩提寺です。
この看板を過ぎ、円通寺入口左手付近に“覚満禅師の墓と防火石”の立札がある墓碑と石がありました。
覚満禅師は円福寺第6世住職で、松島で墓碑が確認されている唯一の円福寺歴代住職とされています。
生没年は、1300年頃で臨済宗円福寺(瑞巌寺の前身)第6世住職です。
鎌倉・建長寺の開山である大覚禅師・蘭渓道隆の法脈を継ぐ高僧と伝わっています。
防火石は、覚満禅師にまつわる不思議な伝承を持つ石で、墓碑とともに文化財に指定されています。
円通院の山門を潜り、境内に入りました。
⼭⾨は開⼭と同時に建てられたと考えられ、萱葺(かやぶき)で⼀間⼀⼾の薬医⾨です。本堂とともに松島町の⽂化財に指定されています。
⼭⾨のすぐ左⼿にある“縁結び観⾳”です。
この観音様は男性と女性または、今まで繋がりの無かった人をとりもってくれます。
竜に乗った観音菩薩で、竜は男性を菩薩は女性を表し、竜が菩提を背に点に上り和合します。
こちらでは、1体500円の“縁結びこけし”にペンで願いや名前を書き込み、縁結び観音様に祈願奉納できます。

境内を進むと、“雲外天地の庭(⽯庭)”があります。
この庭は、「天の庭」「地の庭」で構成されています。
この写真では、石庭全体を見ることができませんが(事前調査不足で、ゴメンナサイ)、「天の庭」は須弥山を中心に松島湾に実在する七福神の島を表しています。
松島湾を白砂、周囲の山々をコケで表しています。
「地の庭」は石組でこの世の森羅万象を表しております。
松島湾を⽩砂で、周囲の島々は岩で表し、「天」と「地」には天⽔橋(この写真は写っていません)がかかり「天の庭」と「地の庭」を結ぶ掛け橋です。
境内にある「三彗殿(さんけいでん)」を目指して進むと東屋があります。
円通院境内には、名庭園があります。
境内の庭は、先に紹介した「雲外天地の庭(⽯庭)」の他に、「遠州の庭」、「⽩華峰(びゃかほう)⻄洋の庭(バラの庭)」、「三慧殿禅林瞑想の庭」で構成されています。
この庭が、「遠州の庭」であるか、実は確証が持てません。
確証がなく申し訳ありませんが、「遠州の庭」として筆を進めます。
この庭は伊達藩江⼾屋敷にあった、江戸時代の日本を代表する作庭家の「小堀遠州」作庭を移設したといわれています。
⼼字の池には蓮の花が、補陀落⼭にはモミジとツツジが季節の移ろいを感じさせてくれます。
この庭は、約350年前に造られた、心字の池と観音菩薩がおわす補陀落山を中心としています。
ここに写っている庭は、「遠州の庭」ではないかもしれませんが、心を洗われるような気持ちを抱かせてくれる庭であることは、間違いありません。
※文章と写真が一致しておらず、申し訳ありません。
静かな林の中を進みながら、心の安らぎが更に増していることを感じます。
次回は、別名御霊屋(おたまや)と呼ばれる「三慧殿」や「本堂」を紹介したいと思います。
それでは、また・・・。
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