ずっと見てました。

スケートは、小学校低学年のときにすべってこけまくり、親父に怒られまくり(w)で根性と運動神経のない僕はトラウマを抱えてやらなくなりました。

当然、何がどうすごいのかはわかりませんが、見ていてすごいなーと思った。

荒川(字あってんのかね?)選手おめでとうございます。

いやー、みんなすごかったよ。本当に。

とくに最後の組はよかった。

マジ感動もんですね。

でもね、2時間くらい見ていて一番印象に残ったのは、あらかわ選手が金をとったときに肩を叩いたり、手を差し出したりしたけど結果的に無視された映画に出たとしたら確実によくわからないところで死ぬ街人Aなおじさんだった。

あらかわ選手はその後にスーツ着た偉いっぽい人とは握手してたw

哀愁漂うとはこういうことをいうんですね。

アンカインド(泣けるぜ)





運命って不思議だ。

あの順番ですべってなければ彼女は金とれてなかっただろうし。


そして、勝った人間は何を言っても華になる。

けっこう前にこんな友人がきた。

秀外恵中、親が医者で一流大学卒、そんでもっていい企業に就職。

だけど、千葉のとある人を駄目にする地域に住んだせいで(w)会社を辞めてしまい、ニートした挙句に金を切らして地元に帰る。

その地元でバーを開いて、現在進行形で廃人暮らしをしている人。

一行目までだったら人を馬鹿にした(w)人生なんですけど、残念ながら住んだところがよくなかったw

ほんとーにあの場所は危険すぎるwww

僕もこんな時期にあの場所に訪れたせいで駄目人間暮らしをしてしまったwww(あ、元々資質があるってのはなしでw)

人っていうのは、あらゆる物事を選択する自由をもっていながら一定の限界ももっている。

一定の限界というのは、例えば、頭だったり運動神経だったり顔だったりetc。

つまり、才能だったりする。

某きまぐれ手抜き漫画の念じゃないけど、僕がイチローのようになれたかというとYESでありNOでもある。

それは、自由をもっていながら限界ももっているから。

20年以上生きて、自由を狭めて限界値を下げた僕は危険地域に近づこうとしている。

破滅の道を戦闘機でマッハで進もうとしている。

だってさ、いい匂いがするんだもんw

僕はぁ、食虫植物に誘き寄せられる虫だぁ。

つーわけで引越ししますwww

まー、一番の理由は、今の部屋が広すぎて寒いからなんですけど(やっぱ虫じゃんwww

禁断症状がでてきました。

ぬ子おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

実家に帰りました。

猫(ぬこ)がいました。

まだ子供でちっちゃくてかわええの。

もってかえろうかと本気で悩んだくらいかわいい(結局、妹のケロロ軍曹の9~11巻をもってかえりました。これは後ほど)

ボールを投げればおっかけてじゃれて、猫じゃらしっぽいのに一生懸命にパンチしたり、足に絡まってきたり、手を噛んできたり…。

実家にいる間の五割くらいの時間はぬこに割いた。

だってあれですよ、お兄さん、扉開けてほしいときニャーニャー泣いたり、階段の上からこっち見てたり。

もう、ぬこなしの生活は考えれない。

ぬこほしいー。


実家に帰りました。

鈍行で帰りました。

理由は旅が好きだから。

色んな人に会いました(一方的にだけど)

色んな景色を見ました。

降りた各駅の立ち食いそば屋で、てんぷらうどん(どんべいのてんぷらと大差ないてんぷらのってるやつ)を食べました。

何故か、旅先のてんぷらうどん[どんべいのてんぷらの二倍の厚さ(当社比)のてんぷらがのってるやつ]はうまい。

作ってくれるおばちゃんや一緒に食ってる人の人柄がしみてるんだーこれが。

いいねー、旅はいい。

やめられねー。


実家に帰りました。

中学2年から欠かさずやっていた年越しジャンプの記録は8年で終わった。

大変悲しいことです。

ぬこ

菜食主義者、いわゆるベジタリアンの大抵は「動物がかわいそう」とかいう倫理で主義を貫いている。

それだけなら別にどうでもいいし、干渉する気はまったくないのだけれど、厄介なことにこういう人間はエゴイスティックで自分が優勢な生き物だと勘違いをして他人にもそれを強要したがる。

こうなってくると、こっちも自己防衛をしなくてはいけない。

「なんで肉くっちゃ駄目なの?」と。

っていうか、ほとんどの人間は肉食わないとアミノ酸とれないんで死んじゃうんですけど。

草食動物は草食うし、肉食動物は肉食うし、雑食である我々人間はどっちも食う。

何が問題なんでしょうか?

何も問題ではありませんよね。

僕は、「生物」ってのは「穴のあいたコップ」で「命」は「それに入っている水」だと思う。

ほっとくと水はなくなってしまう。

だから、ほかから水をもらってコップを満たす。

そして、なくなってきたら、また…。

これはカーボン生命体の宿命なんだと思う。

だから、草食動物は草食って水を満たすし、肉食動物は肉食って水を満たすし、雑食である我々人間はどっちも食って水を満たすし、ベジタリアンは草食って水を満たす。

そこには何の優劣もないんですよ。

食べるという行為は命を無碍になんてしてない。

たとえ、記憶になくても、もらった命は確実に記録されてるんですよ。

そして、地球がなくなるまで地球に残るんですよ。


というか、なにより「かわいそう」という言葉が気に食わない。

この言葉って自分が絶対にその立場に成りえないからこそ発せられる言葉ですよね。

完全に見下してますよ。




あ、メリークリスマス。

カッポーはチネ^^

言わぬが華

最近の記事のところを見ると、なかなか面白そうですね。

それをみながらどんなことが書いてあるんであろうと妄想しています。

フライドポテトが好きだ。

ポテトチップが好きだ。

ジャーマンポテトが好きだ。

ベークドポテトが好きだ。

マッシュポテトは嫌いだ。

ポテトサラダが好きだ。

味噌汁に入っている芋が好きだ。

おでんの芋が好きだ。


つまり、芋が好きだ。

兎は人間のように物事を考えられない。

何故なら、考えられると自分がどれほど弱い立場にいることを知ってストレスで死んでしまうから。


ライオンは人間のように物事を考えられない。

何故なら、考えられると自分が絶対的な立場にいることを知って慢心してしまうから。

慢心は怠慢を生み、それはいずれ自分の殺してしまうことになる。


さて、人間は…

地球を徹底的に破壊する力を持っていながら、ちっぽけな虫にも殺される。

食物連鎖の頂点にいながら数が多い。

こんな矛盾だらけの生き物(でもないのかもしれないけど)だから考えることが許されるんだ。

それは可能性を広げるものでもあって潰すものでもある。

だから考えなくてはいけないし、考えすぎるのも問題なんでそう。

何事もちょうどいい、腹八分目を見極めないとね。

できない人間は自滅してしまうよーぅ。