まず僕は不登校生でした。どのくらいかというと中学校の出席日数が”5日”こんな感じです。笑
期間は小学校5年生〜中学校3年の夏までです。3年の夏からは少しずつ行けるようになったのですが、全て早退or遅刻です。
理由は極度の不安症があり緊張する場にいくと吐き気に襲われてしまっていたからです。
当時の自分にとっては学校・遊び・車の中・食事 と生活しているとほぼ毎日関わっていかなくてはいけないもの全てに該当し外にも出られないような辛い日々が続いていました。
小学校の頃はあまり記憶がはっきりとはしていないのですが、行けるときは続けて何週間もいけていて、一度いけなくなると何週間、何ヶ月もいけない時期があったようなかんじです。
中学では入学して最初の一週間フルで六時間授業にでて行けていたのですが、その一週間のあと3年生の夏まで一度も教室に上がることができなくなりました。
はっきりとした理由は自分にもわかっていないのですが、小学校を卒業する頃には卒業式にもでれて、春休みには友達と遊べるようにまでなっていて、小学校も最後の方は丸一日六時間授業をうけるということがあまりなかったのにも関わらず中学校という新たな環境の中で友達みんなと同じ生活をしたい、変わりたいという思いが強くあって新たな環境の中吐き気と闘って長い一週間を乗り切れたんだと思います。でも、、充電が切れた
二年間まともに六時間学校に行くということをしてこなかった自分にとって新たな環境の中吐き気と闘いながらの一週間というのは今考えても自分の一生の中でも一番長い一週間だったと言っても過言じゃない。それぐらいに頑張った一週間でした。
その後土日を挟んだ次の週の月曜日朝起きてもあの一週間の吐き気の不安感に襲われて「またなるんじゃないか」「具合悪くなったらどうしよう」こんな言葉が永遠と頭のなかに流れてきて家から出れず休みました。
そこから中学3年の夏まで約2年半学校に行けることはありませんでした。
引きこもりと言われればそうだし、勉強も全然せずゲームばっかりの日常でした。ただ一つありがたかったのが実家が農業を営んでいたことです。小さいときから手伝いをしていたこともあって不登校になってからはより一層仕事を手伝うようになりました。
周りから「家で何しているの。」と言われれば「家の農業の手伝いをしている」と言えばゲームばかりしていると思われるよりはいいと思い自分の中で不登校でいることの気持ちがかなり楽になっていたと思います。 でも実際はほとんどがゲームでした。笑