ここ1週間以上プロモーションとテレビ放映でとにかく忙しかった
久しぶりにいま落ち着きながら店番しています
さて長男、学校の3枠に入れなかった幅跳。。。無残もいいところ
中一の記録にも及ばない
で、もう4月3日の話にはなりますが
余りに私が求めてた結果と違いすぎて部活の休部願いを希望しました
そこからです、4月4日の話ですが
電話で顧問の先生例の女子コーチのだんな様に妻から言わせました
そうしましたらかなり感情的な返答が返ってきたと
その電話をしてる最中私はいませんでしたが次男が言うのは
「お兄ちゃんがでてっちゃった」と
顧問の先生との電話を切り今度は女子コーチから妻へ
1時間ほどの電話。。。
まあ大騒ぎになりました
顧問の先生は「これだけで決めないでくれ、あと二年預けてくれ」
女子コーチ「他でやって普通の精神状態で出来ると思えない」
まあそれを聞いた私の答えは「編入します」でした
勿論長男は拒否、妻も拒否、さあ私が一人になった
顧問の先生は私と話したいと
まあそれはそれで良いでしょう
4月の6日に会談(電話でのG2)予定を入れました
話をする前に長男に
「とりあえず部室から道具もってかえって来い」
ブンブン首を振る長男
「どこ行っても駄目なら転校することもないじゃないか」
そう言い出しました
「申し訳ないが義務教育を終えてる以上私が決める立場にある」
妻も長男も黙っています
「我家に敗者は要らないんだよ、君は半分敗者なんだよ」
黙って聞いています
「今の学校は良いと思うよ、しかし余りに良い環境がそれ自体が君そのものを駄目にしてる気がするよ、大会が有るごとに負けてきて言われるのは精神的な弱さが出ましたって、何回言われてるの、私から言わせればこの学校にいる以上、ああ1年以上かけて弱さが出るだけの選手になったのねとしか思わない」
妻にも
「私が初めに言ったでしょう、行かせる時に、ただ部活がやりたいだけなら近くにいかせなって、貴方も大変なんだから、この厳しい世界に飛び込むのは容易ではないよって、その結果が伴わない以上環境を変えるべきではないの、あと二年くれって、そういうものなの?」
二人は黙っています。
私はしずしず話してはいます。しかし余りにも衝撃的な結果からはこういうしかありません。
あえて日本一の高校に行ったのですから結果を求めて
「とりあえずクラブチームに入ったら、お金は出してあげる、それで標準切って日本選手権目指せばいいんじゃないの?」
黙って聞いてます
「野球でたとえるならプロ野球選手になりたいのか甲子園に行きたいのか?どっちなのと言うことだよ、インターハイに行きたいのかオリンピックに出たいのか」
二人はどこまで考えていたのでしょう。まあこの話をする前に彼女には
私がどんな話をしたにせよ君は母親として長男の味方をしてあげればいいとは言ってありました
「私は言ったよな、負け続けるのを見るのはいやだと高校で陸上を選択すると言った時に、しかし君は負け続けてる」さて私がこう言った意味は後でちゃんと説明しています、敗者は要らないといった理由も。
「とりあえず6日の先生との電話で話してからだ」
その時はその話で終わりました。
6日の夜の電話会談が21時から始まりました。4日から6日にかけて長男は部活は休んでおります
まあ休んでる理由は実は怪我をしてたからなんですね
3日の大会の時というより前日2日の三段跳びの競技の更にその前から
足が痛かったと・・・まあそれも今回私が口を開いた原因でもありました
電話会談
「いつもお世話になっています」
「いえこちらこそ」先生はなにげなく答えます
「とりあえず現状お聞かせ願えますか」
こんな感じではじまりました。日本記録保持者とはいえ37歳の青年です
アマチュアイズムで生きてきた私には実はかわいい物
「分かりました、まず今回の結果ですが・・・」としずしずろ高跳びの選手らしく説明がありました
まあ三段に関しては怪我をしてたことに気がつかずに6回跳ばせてしまったこと
翌日に出場して予想以上に悪かったこと、勿論怪我での話です
そして今までのこともそうですがあと二年は預けて欲しいと
3年の夏を見て欲しいと 昨年高跳びで日本一に成った子も二年秋まであまりよくなかった事等々
私は
「しかし結果が全てですよね、そういう世界で生きてきた先生ならこれに関しては良くわかられてるのでは、結果によって周りの反応も変わってくる、離れる者は容赦なく離れるしそういう厳しい世界、私は先生たちに預けた段階で一切口を出さないと誓いました、したがってこの現状を見て私が口を出すには休部をしてもらわないと口が出せない、そういう思いで休部は申し出ました、休部して学校に行くのはつらいと言うのなら転校しかないでしょうと言う話でもあります、長男にも言いました君は陸上を1日24時間考えるんじゃなくて25時間考えなきゃいけないんじゃないの、どうやって他の人より一時間時間を多く作って日々考えるか、その積み重ねなんじゃないの、そういうのが素晴らしい環境と顧問の先生によって見えていないのではと、調教や先生を否定してるのではありません、逆にビデオで見せてもらった一緒に練習をやってる風景凄く感動すらしています、だから簡単に負けちゃいけないよねって話もしてたくらいです」など話は続きました
40分くらいは話したでしょうか
「私たちにとって長男君は特別なんです、ですからやはりあと二年預けてもらえないでしょうか、お父さんのOKを貰わないことには三段の枠で出場させられないんです、今年は三段でとりあえずインターハイを経験させたいと言うのが妻の目論見でもありました、ただ怪我が見抜けなくて4回目以降の試技をさせてしまったことは本当に申し訳ないと・・・」
「それに関してはなんで申告しないのと本人に言いましたよ」
私は実は当日2日は三段、3日は幅跳で3日の幅跳だけ現場で見たんです、2日の三段は結果を聞いた時にがっかりして(記録が悪く)ビデオすら見なかったんです3日の幅跳、足合せの段階から「あれ、こいつ怪我してるな」と直ぐに分かりました
「もっと怪我とかも言ってくれるようにコミュニケーションもとらなくてはいけなかったんですが・・・」
「それに関しても、沢山の選手を見てるので致し方ないと思います、私は直ぐに分かりましたがそれは長男しか見ていないからですよ」
後日ですが、2日の三段跳、ビデオで見たらあからさまにおかしかったが私には分かりました・・・
これに関しては見れば良かったですね
とにかく怪我もあっての今回の散々たる内容、しかし三段跳びは学校内から選ばれたと言う結果
怪我にもかかわらず
そして聞いていなかったのですが女子コーチと冬の練習は三段跳びに重きを置いてトレーニングしてきたこと、これは長男と二人で決めてやってたそうです、それもあってか
「三段跳びが出来れば絶対に幅跳も跳べるようになるんです、お願いします、また預けてもらえませんか」懇願されました
私はしばらく考えました、寝室で話してるのですが40分はゆうに越えています
長男はしきりにトイレに出たり入ったり緊張してたようです
「分かりました、今回はと言うか今後は一切口を出しません大会も見に行きません行くとどうしても言いたくなるので先生たちを信じて今一度お願いします」
「ありがとうございます。でも大会は来てください、お願いします」
「今の段階では行きますとはいえません、ただ信じています、明日長男を先生のところに行かせますので色々話をしてあげてください」
「分かりました、ありがとうございます」
最後に今私が見ている選手がいることを告げて終わりました。
長男に7日の部活の前に先生のところに行くように言いました。
7日の夜私が家に帰り外にトレーニングに出かけようとした時に長男が玄関に来て
「今日先生と話した」と話し出しました。先生が私が思ってることを理解もしたしそこまで考えてる保護者もいないし、そこまで言ってくれる保護者もいないとリスペクトしてると
「お父さんがんばるよ」
「そうか、何故私が半分敗者だといったか分かるか」
「良く考えたけど・・・」
「勝てるかどうかではなく闘う意思があるかないか、3日の試技を見ていて私にはそれが感じなかった結果が出る前に君は自分自身に負けたんだよ、敗者は要らないの敗者は自分に負けるものと言う意味だよ、強靭な心には魂が宿りひ弱な心には願望しか産まれない、分かるか?」
「えっと、それは〇〇君が俺は全国大会優勝するって豪語してるって事?」
「ちょっとそれは良くわからんけども、成し遂げようとする気持ちは意思でありこうなったら良いなぁは願望だろ」
「はい」
「もっと心を強く持て、自分自身に負けるな」
「はい」
「それが分かるなら、分かるようにがんばりなさい、お父さんは何も言わないしお父さんの期待がプレッシャーになるなら、まそれでつぶれても困るんだけど、気にしないで自分自身のために跳びなさい」
「分かった」
「そうか、じゃあしっかり怪我を治して都大会目指してやりなさい」
「はい」
玄関でのやり取りはそこで終わりました。
先ほどの言葉は先生にも言いました、どこまで伝わったのか。
すでに4月の27日になっていますが支部の予選も実は学校代表として出場して
終わっています、怪我のまま出場はしましたが4位で都大会へコマを進めました。
まあ、大ナタを振るったのか小ナタになったのかは分かりませんが
長男が鞄にしまおうとした陸上ノートの表紙に
「勝てるかどうかではない、そこに闘う意思があるかどうか!!」と書いてありました。
なんとなくまた一歩進んだかもしれません。
しばらく私はプロジェクトKの方に集中です。