トレーナーの目線で見た空手少年のムエタイチャレンジ⑦ | lai-thaiboxingのブログ

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タイチェンマイにて意拳、ムエタイ、瞑想の研究。山岳小数民族との交流や日々気づいた事を書いて行きます。
タイ国ムエタイ協会認定トレーナー。寺田式インパルス療法士。椅子軸法認定インストラクター。

リンタロウの試合当日朝。


勝負師には、今も験を担ぐ人がいる。


自分もどちらかと言うとそう言う所がある。


科学の発達した現代で、何を迷信じみた、と言う人もいるだろう。


しかし、勝負師であればあるほど、勝負には時として、理屈だけではない何かが働く事を知っている。


自分達の試合前日からのルーティーンも、験担ぎである。


戦国時代の軍師は、戦の日を、論理的な方法ではなく他の方法で決めていたと言う。


それは、時には陰陽道であったり、暦であったり。


自分もその内の一つでもある宿曜経で日を見たりする事がある。


宿曜経は、弘法大師・空海が中国から持ち帰ったお経であるが、自分的にはこれが中々よく当たる。


これは、ある意味、今で言う所の統計学、一つの傾向と言うものであろう。


これも、勝負師としての一つの験担ぎである。


その宿曜経によると、リンタロウの試合の日は、自分にもリンタロウにも良くない日だった。


今まで続けていた事がダメになる日とか、


計画は予定通り運びません、とか。


今まで期待した分だけ失望したり、無駄な結果を招いたり、がっかり落ち込む事もあるでしょう、とあった。


試合前に、そんなネガティブなものを目にしなくても、と、普通思われるかも知れないが、自分のメンタリティは、日が悪くて、それが避けられないなら、用心深く、その日の悪さと対峙して、あわよくばひっくり返して、乗り越えてやろう、と闘志が湧くのである。


この日の作戦は、

「スペシューム光線」作戦。


遠い間合いからローを蹴って、蹴って、蹴りまくって、足を削ってから、パンチラッシュで仕留める。


リンタロウには、日が悪い、などのネガティブな情報は入れずに、今日は、冷静に1Rからローで相手の足を削って行くぞ、と、自分達の試合の日のルーティーンである湖の食事で、念を押した。


リンタロウの調整は上手く行った。

身体も動くに違いない。


湖での食事の後、リンタロウをコンドミニアムに送り、セコンド用具の確認、スタッフとの打ち合わせをし、道場や車、部屋などの掃除をして、冷静に状況を見れる環境を作った。



会場は、チェンマイナイトバザール パビリオンスタジアム。


丁度1年前に、リンタロウが試合をして敗れたスタジアムである。


今日こそが、リベンジマッチ。


自分にとっても、昨年、リンタロウの試合の後、インフルエンザからの喘息の発作でICUに入り、退院して、直ぐにインフルエンザウィルスによる心筋炎で2週続けてICUに入った。


今日は、リンタロウと、それらのジンクスを打ち破ってやろう、と思っていた。


いつものように真っ先に会場に入る。


試合の写真の大きさから、リンタロウの試合はメインではない。


最初の方か、昨年のようにラストか?


いつものように控え室の一番奥、全体が見渡せる位置にイスを持って行き、ドカッと腰をかけた。


この控え室も呉越同舟。

次々と入って来る選手。


見知った顔もあった。

チェンマイムエタイ協会の副会長さんのジムの選手で、最初、リンタロウとやるか、と言われた選手もいた。


開場1時間前になってプログラムが来た。

リンタロウの試合は3試合目。


対戦相手も目星がついた。


その選手を見ると、何度もトイレに行くし、こちらをチラチラ見るで、自信の無さが見て取れた。


作戦通りローで削って行けば、必ず勝てる。


バンテージを巻き、タイオイルを塗り、ファールカップを付け、いつものようにイス軸法からのスワイショウである。


準備万端。


が、


試合直前に、リンタロウの顔が白く見えたのが気になった。


前回のように、ワイクルーの代わりに、突きの形。

相変わらず顔が白く見える。


でも、この相手なら、作戦通り戦えば3Rまでに倒せるだろう。


が、


が、


が、


であった。


リンタロウは、あれだけ練習し、あれだけ、念押ししたローをほとんど蹴らなかった。


「俺の言う通りにやらなければ間違いだが、俺の言う通りやったらもっと間違いだ!」のオシムさんの言葉は、冷静な判断からの言葉。


リンタロウは、舞い上がり、セコンドの声が全く聞こえて無かった。前回の試合も、実はそうだった可能性がある。


以前、リンタロウと同じような、と言うか、試合になるともっと酷いのがいた。


イギリス人で、リンタロウ以上に真面目に練習に取り組む弟子。


練習では強いのだが、試合になると、試合当日の朝からおかしくなる。


極度の緊張から顔が青白くなり、食べ物を食べれなくなり、

「I'm scared.」を連発する。


MAキックの日本チャンピオンと日本🇯🇵でノンタイトルで戦った時は、試合前に、コイツ会場から逃げ出すのじゃないか、と、心配する位になった。


あの時のイギリス人の顔色と試合直前のリンタロウの顔が一瞬ダブった。


イギリス人の試合の時は、セコンドに友人である三浦ヤスさんに付いてもらった。


三浦さんが、1Rから舞い上がりセコンドの指示が聞こえないイギリス人に、日本語で、


「落ち着け!」と言った。


落ち着けって、英語で何と言うんやったっけ。


Come down!と言う言葉が出て来なかった自分は、咄嗟に指示を変更。


聞こえてないなら、いっぱい言っても無駄。


指示を、「One Two Knee!」だけにした。


それで、その攻撃で、ダウンを取って逃げ切った事があった。


リンタロウは、日本人🇯🇵。日本語が通じる。


1R終了後、コーナーに戻って来たリンタロウに、

「ジャブ ローだけでいい。兎に角、ローを蹴れ!」と、言って、イス軸法で体軸を入れ直した。


が、


再び、


が、が、が、


である。


リンタロウは、指示を聞かないばかりがジリジリ下がる。


明らかに相手を恐れていた。(I'm scaredであった。)

相手のしょぼい左ミドルを受けても、返す事が出来ない。


相手のパンチにしても、キックにしてもクリーンヒットはない。


逆に、単発のリンタロウの左フックの方がヒットしていた。


なのに下がる。


全く作戦とは違う展開。


作戦通り落ち着いて冷静に戦っていたら楽勝の相手である。


完全にリンタロウが試合をぶち壊した。


いくらインターバルで体軸を入れても、ビビっているから体軸は一瞬で抜けた。


リンタロウの手数が減る。

相手のクリンチに捕まり、膝を何発かもらう。


心配していた首相撲。これは、レフリーに助けられた。


レフリーがリンタロウが首相撲が出来ない事をわかっていて、早めにブレイクをかけてくれている、としか思えないようなブレイクの速さだった。


時間もラウンド毎にどうも違う。


舞い上がって、全く指示が聞こえないリンタロウに、自分は、今までセコンドをしていて、初めて、選手をリングでぶん殴りそうになった。


策を練った。調整も上手く行った。相手も観察してしょぼい左ミドルしかないのがわかっている。

なのに何故下がる。何故ビビる。


これですか?弘法大師!と、自分は、宿曜経の予想通りになった事に内心叫んでいた。


ならば、覆すのみ。


4R、相手も疲れてクリンチに来る。

相手が疲れてるならチャンスである。


4R終了後にコーナーに戻って来たリンタロウに、

「お前、何しに来たんや!お前自身を乗り越えなかったら、何も変われへんぞ!負けてるぞ!行かないと負けるぞ!相手は疲れてる。打ち合え!打ち合って倒してこい!」と、リンタロウの髪の毛を掴んで言った。


リンタロウは、

「ウォー」と言う雄叫びを上げた。


これは逆転もあるか?と思われたが、、、。


ムエタイでは、5R目に攻めている方は、大体負けている。


と言うのも、ムエタイには、大体、試合の流れがあって、1R、2Rは、様子見で、ゆっくり技を出す選手が多い。


又、試合中にかかるムエタイ独特の曲も1R、2Rはリズムが遅い。


ムエタイで最も重要なのは3Rと4R。曲もリズムが早くなる。


そして、3R、4R取ったと思った方は、5R目は攻めずに流す。


又、ポイントも膝蹴りがポイントが一番高く、次にミドルより上の回し蹴り。ローやパンチは倒さない限りポイントにはならない。


賭け師は、ムエタイのその流れと言うかストーリーを楽しむ。


昨今は、K1のような3Rの試合があったりして、1Rからガンガン行くスタイルもあったりする。


が、それはまだまだ稀で、5Rの試合の場合は、先述のような流れになる。


だから、空手戦士が勝つチャンスがあるのは、相手のエンジンがかかる前、3Rまでが可能性としては高い。


つまり、ローやパンチは倒さないとポイントにならないのだから、逆に言えば、倒すチャンスがあるのはムエタイ戦士が動きになれ、しつこいクリンチに持ち込んで来る前と言う事になる。


だからこそ、1Rからローを蹴って足を効かせてからのパンチラッシュが倒しのセオリーなのである。


しかし、リンタロウは、その勝ち筋をせずにずるずる下がり、ジリ貧状態になっていた。


ラッキーだったのは、タイ人のクリンチをレフリーがブレイクを早めにかけて防いでくれていた事である。


だから、5R、捨て身で行けば、逆転もあるのであった。


が、


リンタロウは何故か下がった。

あの雄叫びは、一体何だったんだろう。


前に出て攻めているのは勝っている方の選手。負けている方が、下がり続けた。


これは、勝つ気が無い。


5R目は、1分半位で終了のゴングが鳴った。


これもチェンマイムエタイあるあるであった。


この試合、側から見ても自分が怒っているのがわかったのだろう。


リングから降りる時に、チェンマイムエタイ協会の副会長が飛んで来て、

「良かったよ。」と、自分をなだめてくれた。


リンタロウは、相手に負けた、と言うより、彼自身に負けた試合だった。


勝てる試合をリンタロウ自身が、ぶち壊した試合だった。


相手のクリーンヒットは本当に無かった。なのに下がり続けた試合。


リンタロウは、試合後、控え室で泣き出した。


自分は、それに対して、

「何やその涙は?今泣くんやったら、何で最終ラウンド攻めへんのや!その涙、意味不明や、誰も理解してくれへんぞ!」


タイ🇹🇭では、人前で男が泣く事はほとんどない。


だから、控え室では、リンタロウの姿を他の選手は、何で泣いてんの?と不思議そうに見ていた。


対戦相手もリンタロウの直ぐ後で、どうしたら良いのか、不思議そうな顔して立っていた。


オリンピックでも、負けた選手が泣いて、それを批判した人が叩かれたそうだが、全力を出し切った選手の涙と、出し切ってない選手の涙は違うだろう。


リンタロウは、後者の涙だった。


これか、リンタロウの空手の先生が言っていたのは。


タイ🇹🇭に来る直近の空手の試合。カザフスタンの選手との対戦で一本負けした時も同じようになったとか。


5R最後まで倒されず、立っていただけで凄い、とか言う人がいたら、リンタロウを舐めるな、と言いたい。


リンタロウの潜在能力はそんなもんやない。

短期間でリンタロウは変わった。それはミットを受けている自分がわかっている。


そして、現に、この日の試合は勝てる試合だった。


相手がチャンピオンクラスで、正に捨て身で、全力を出し切り、最後まで殴られ、蹴られして、でも倒れずに立っていた、と言うのなら、その涙はわからないでもない。


でも、この試合は、そう言う試合ではなかった。


リンタロウ自身が、恐怖と言う幻影を勝手に作り自滅した試合だった。


勝敗をわけたのは、何か。


相手もびびっていた。リンタロウもびびっていた。


相手は、びびったからこそ、先に行かないとやられると前に出た。リンタロウは、逆に、下がった。


それだけである。


びびった時に前に出るか、下がるか、そのちょっとした違い。


リンタロウが、相手がびびって、だからこそ前に出て来た時に、下がらず、オゥ!と相手より更に一歩前に出ていたら、相手は、勝手にびびって下がってくれたであろう試合である。


その一歩が出れば、リンタロウは大化けする。


リンタロウは、何やその涙は!と自分に言われた後、しばらくして、バンテージを床に叩きつけた。


その瞬間、

「こらっ、ワレ、その態度なんや!お前の使ったバンテージ、綺麗に畳んで直してくれてるK君がいるんやぞ。片付けてくれてる人の目の前で、そんな事、よう出来るの!お前、周りが見えずに自分しか見えてへんからそんな態度取るんや。」と一喝した。


そして、空手の先生が動画を撮影されているのを見て、更に、様々な事、リンタロウが乗り越えなければならない事について話をさせてもらった。


リンタロウにしたら、相手のパンチ、キックより自分の言葉の方がクリーンヒットしたに違いない。


おそらく、リンタロウ自身も、彼の課題に薄々氣が付いていたからこそ、単身タイに来た。


リンタロウの空手の先生は、リンタロウが8歳の時から指導されていて、リンタロウが乗り越えなければならない課題もわかられている。


だからこそ、試合には来られても、ジムには一切来られず、リンタロウに甘えを生じさせないようにして、リンタロウを一人にして、指導の一切を自分に任されたのである。


リンタロウの空手の先生は、

「自分の言いたい事を全て言ってくれました。」と言われた。


リンタロウのタイ🇹🇭チェンマイ修行の旅、自分は、そのテーマを「体軸と心」と言っていた。


体軸は上手く作れるようになった、と言うか、「立つ」と言う事に関して、基本中の基本はある程度出来た。しかし、テーマの後半の心は、まだまだ時間がかかる。


それは、誰でも時間がかかる。

でも、答えは見えている。


一歩前に出るだけ。


その一歩が世界を開かせる。


勝つか負けるかの違い。それは、、、。



武によって心を創る。


これは、武道の国、日本ならではのもの。


人殺しの技術を学びながら、それを昇華して、真理を悟る精神の世界へ。


ムエタイにはない武道の世界とはそう言うものである。


心技体と言う言葉がある。


これを並列と見るか、縦列と見るか。


びびったら、氣が上がったら、体軸、中心軸は簡単に崩れる。


だから、喧嘩が仕事?である人は、実際に手を出す前に、威嚇して、相手をびびらせて気を上げて、相手の戦闘能力を下げさせる。


が、これも、コラッ!と頭に血が昇るような、例えて見れば、赤い炎のようなのは、実はそれ程危険ではない。


何故なら、そう言う怒りは持続しない。


それより、冷酷に相手を観察し、自分の心も鎮めて相手を確実に仕留めるスナイパーのような、炎に例えるなら、青白い炎。こちらの方が高温で危険である。


そして、もっと危険なのが、友達のふりをして近づいて来て、油断している隙に仕留める奴。悪魔は友達のふりしてやってくる、と言う奴である。


昔の武人は、その運用、氣の上げ下げについて、達人と言われる人なら、当然知っていて、打つ前に、勝負をつけていたであろう。


体軸と心、心に焦りや恐れなど心が乱れたなら、体軸は崩れる。


心法が実は一番大事と言える。


リンタロウを通じて、あらためて自分も勉強をさせてもらった。


リンタロウも修行、自分も修行。


次に会う時に、どう変わっているかお互い楽しみである。






イス軸法を取り入れられたコーチの英断にイス軸法インストラクターでもある自分は感謝します。



だから武術はやめられない、と言った動画。