明日の10月21日をもって二十歳になります。

今日がラストティーンネイジャー

閃光目指してたこともあって、10代と20代ではまるで違うというか、そんな感覚がする。

中身は変わらないけど、置かれている環境が違うというか。

なんやかんやで色々なことに出会い、色々悩み、色々体験させてもらった10代を過ごしたと感じてる。

人生的に10代で一番でかかったことはSCHOOL OF LOCK!に出会ったことだと思う。

あの番組に出会ってなかったら今の自分はない。

友達がすごく広がったし、音楽的にも影響は計り知れない。

閃光ライオットにこんなにも本気で目指すこともなかったと思うし。

音楽的に革新的な出会いは閃光ライオット。

でもSOLに出会わなかったら閃光にも出会うことはなかった。

ちょうど中3の頃聴き始めて…。

その前からたまに聴いてたんだけど、そんなには聴いてなくて、受験の時にテレビを控えようと思ってSOLに走ったのがヘビーリスナーになったきっかけ。

中3の頃の自分は、SOLの学校掲示板に書き込みたくても携帯持ってなかったからすごくムズムズしてた。

中学卒業して、親に携帯買ってもらって、まずしたのが掲示板登録。

高校に入って、掲示板でしょっちゅう「ホクトライダー」って名前を見るようになって、ある日PCいじってたらホクトのブログにたどり着いて、なんとなくコメント残していったんだよね。

リスナー友達ができたのがこれが初めて。

あの時の俺とホクトのメールはやばかったなあ。ほぼずっとメールしてたもんなあ。

親友になったね、あれは。

ちなみにリスナー友達2人目はジュゴンです。

そんなに古い友達なのにまだ一度も会ったことがないというね…w

ブログ通じてまあまあ友達できた。

ちょうど、SOLの企画で、閃光ライオットという、10代限定参加型ロックフェスの開催をSOLで知って、なんとなく通ってたエレクトーン仲間とバンド組んで応募した。

まあビートルズのコピーバンドで、あっけなく一次で落ちて…(笑)

でも閃光ライオットに誘った友達が結構審査をくぐり抜けて、なんと3次に進出することに!

あの時のテンション具合は半端なかったよねw

で、その友達も出るから、学園祭を途中で抜け出して、急行乗ってFanJ Twiceへ。

途中から入った感じで、The Musiqueとかは見れなかったんだけど、あの場で感じた衝撃は本当にえげつなかった。

こんな音楽を同世代がやっている…

「追いつきたい…」

あれが、音楽魂に火を付けた。

Brian The Sunもかっこよかったし、WEAVERとかもいたし。HEAD SPEAKERとかBrack Topとかファジーロジックとか松室政哉とか中村瑛彦とか…。

終わって帰る時に偶然海賊先生を発見して、「閃光ライオット僕も応募したんです!」って言ったら、来年も開催するってこと教えてくれて。

制服姿だった自分と写メ撮ってもらった。


閃光ライオットの東京ビックサイト野外特設ステージでの本戦、めっちゃ行きたかった。Galileo Galileiとか生で見たかったし。

でも俺の計画不足で結局行けず…。

あの日ずっと家でギター持って「ハイスクールキュンキュン」弾いてたなあ(笑)

ホクトにメールで状況ちくいち聞きながら。

そしたらホクトから「めっちゃ可愛い子おる~」って言われて、しかも「シャランラ」っていう掲示板とかワッショイチアヌリーブスとかでよく知ってた名前だったから興味持って、さらにそいつが福岡におるって聞いて、そしたら今度父さんの実家の熊本に帰省するし会えるんじゃね~?みたいな。

で、数日後会ったよ。福岡で。ホクト通じてメアドとかも聞いて。

「そんなに可愛いか…?」

…www

それがシャランラとの出会い。

あいつに出会ったのは結構でかかったよ。特に音楽面とか。

あいつが聴いてて、教えてもらった音楽の影響、かなり受けてるし。

あいつに出会ってなかったらそういうのもなかったのかなあと。

ちなみにシャラとは明日会いますw


閃光ライオットの時にだいぶリスナー友達増えた気がする。
行ってないのに(笑)

その年の12月、クリスマスをはさむ時期に、福岡からシャランラ、山梨からホクトがうちに泊まりにくるっていうのがあった。

あの時はやばかったなあ。

とりあえずあの時点では人生最高のひとときでした。

終始カメラ撮り合戦してた気がする(笑)

ホクト帰る時泣いてしまったもんなあお互い。

笑いあり、涙あり、恋ありのヤバイ時間だった。その後の過ぎ去った寂しさもえげつなかったけど。

SOLってその前の年まで、スペイン坂で年越し生放送があって、それに今年は行こう(閃光も行けなかったし…)って思って予定たててたら、まさかの今年は開催せず…。

でもなんでか東京行ったよ(笑)

初めて青春18きっぷ使って一人で旅して、山梨のホクトの家に泊まった。

涙の別れからほんと数日後(笑)

で、次の日東京の公園でリスナーと鬼ごっこみたいなんやって…w

人生初の彼女となる人ともその時会った。

帰りは東京駅から夜行バス。

バスの中で「ラーメン源さん」のスペシャル、聴いてたなあ(笑)

あ~やましげ校長懐かしいなあ。

ラーメン源さんやってた時って高1だったのか…最近のような気がするw

その後、なんやかんやでメールのやり取りから初の彼女ができました。

遠距離だったけど。


でもその後、ホクトが病み期に突入してしまい、一時音信不通に…。

大親友だったから、俺もなんか病み期に入ったし、どうにかしたかったし…。

閃光ライオット2009。

確か4、5日から一週間ぐらいかけて行った。

その行きしなにホクトの家まで行って手紙書いて入れて、そのままそこをあとにした。

これでメール来なかったら終わりだなと。

でも来たんだよね。

めっちゃ嬉しかった。

あの関東に行った時に、今はもうない埼玉の「John Lennonミュージアム」に彼女と行ったけど、あそこはすごかったなあ。

閃光2009は初めて東京ビックサイト野外特設ステージでの本戦に行った年でもあった。

この年は高校のコピバンで、しかもボーカルが事故って不在という中で臨時でサポートメンバーにクラスメイトに入ってもらって送った結果、一次敗退…。

あの時の本戦も今から考えるとすごかったなあ。ゲストにGalileo Galilei、flumpool、ビークル、本戦出場にズットズレテルズ、SALOVERS、GLIM SPANKY、SHIT HAPPENING、挫・人間、ブライアン新世界、関取花…。

あれで、「あのステージに立ちたい」という思いも強くなった。

帰り、ホクトと会う約束してたら、突然シャラが一緒に行きたいということ言い出して、ホクトに内緒にこっそりシャラも連れて行くことに。

会った時のあいつ驚いた感じ、今でも思い出すわ~(笑)

12月の大阪来たときの感覚が再来したねw


次の年の3月、突然やましげ校長の退任が発表されて…。

ほんと、このあとどうなっていくのか全くわからなかった。

でも、やましげ校長に何か最後に恩返ししたい。

そう思って、ボイスメッセージをリスナーから集めて送ったなあ。

ちょうど、あの頃大阪に名古屋リスナーが来て、大阪リスナーと名古屋リスナー、合同でオフ会やって、すごかったなあ。総勢30人を優に越してたもん(笑)

大阪のリスナー会最盛期だったころだね(笑)


あのあと、現とーやま校長が着任したけど、俺の中のSOL最盛期はあの頃を境に終わったなあ。ちょうど受験期と重なってたし。

その後から現在に至るまでちょくちょくたま~に聴いてる感じ。

2009年はフジファブリックに出会った年でもあった。

惜しくもフジファ知ったのは志村さんが亡くなったのがきっかけ。

TSUTAYAで借りてみてハマった。

もう少し前から知っときたかったなあ…。

3回目の閃光ライオットへの応募は初めてのオリジナルバンド「TranCede」だった。

「mean of life」と「Spirit」をエントリーしたけど、ドラムが上京のため抜けちゃってドラム不在状態で応募するも一次敗退…。

閃光の2次に行けなかったことがだいぶネックになってた。

2010年は受験生だったから結局閃光も行かなかった。

SOLからも少し離れてた。

受験終わったらまた毎日聴くつもりだったんだけどなあ(笑)

この夏に確か前の彼女と別れたと思う。

受験終わって、1月後輩とくるり×THE☆米騒動の対バンライオット行ってきた。

十三ファンタンゴっていうめっちゃちっちゃいライブハウスで、くるりのサポートギターがフジファブリックの総くんだったし、すごくテンション上がったんだけおど、リスナーがいなさすぎた(笑)

2011年3月、熊本のばあちゃん家を中心に九州を旅してきた。

3月10日、SCHOOL OF LOCKは閃光ライオット特集で、今年もやるぞ~みたいな回だった。

2011年、閃光絶対出てやる!!みたいな書き込みしたら、ひっつからアポ電が。

まあこれで4回目のアポ電だったし、今まで結局逆電こなかったし、ひっつからは「えっ、LAIって出たことなかったっけ?」って言われる始末…w

期待はそんなにしてなかったけど、11時台、まさかの逆電!!

あれが最初で最後の逆電だった。

頭真っ白、テンション上がりまくり!(笑)

何喋ったかあんまり覚えてないしw

しかも熊本いたし(笑)

あとになって気づいたけど、あの日の10時台、せっきーなが出てたんだね。

いやしかし、自分が震災前最後の逆電リスナーになるとは思わなかった。

3月11日。

ちょうど湯布院に向かってた。

テレビで津波見たときは
衝撃的だった。

映画の中の世界みたいだったなあ。


そして、日程がずれた閃光。

TranCede名義でソロで「滑走路」「オッペケペー」出して送った。

結構自信あった。

でもダメだった…。

ホント落ち込んだ。

いつまでたっても2次に行けないって。

悔しさだけが募った。


この年、2年ぶりに閃光に行った。

でももう自分の世代じゃなかったなあ(笑)

2009の高2だった時が一番うちらの世代のピークだった気がする。

まあ大学生だしね。

この閃光終わったとき、テツとゆうぎとつばきで石巻に行った。

初めてともぼーにその時会ったと思う。

あの時、テレビでは見てたけど、やっぱり言葉を失ったなあ…。

半年も経っていたのにね。

流されてしまったともぼー宅跡に行って、ともぼーと会った時、ともぼーって強いなって思った。

自分の家の跡地にいるんだもんね。

でもあの明るさはすごいと思う。

逆にパワーもらうみたいな(笑)←

あの時行ったメンツも考えるとすごかった。

大阪に長崎(千葉)、仙台(山形)、名古屋の4人が石巻に一緒に行くってね(笑)

テツん家ついてみんなバタンだったね(笑)

そして3月、とうとうやしろ教頭まで辞めてしまった。

やしろさんの時もやましげさんの時みたいにボイスメッセージ集めた。

3月はちょうど関東~東北の2週間にも及ぶ壮大な旅をした。

秋田のハイジャンパーとはあの時初めて会ったんだよね。

最北は青森まで。

18きっぷで。

学生の間はまだまだそういう旅するよ~(笑)←

仙台でマンボウパーティー行った。

テツ以外の仙台リスナーともその時初めて会ったと思う。

マンボウパーティー、マジ楽しかったなあ(笑)

で、仙台駅で聴いたSOL。

まさかのやましげ登場。

ほんと、あの時は心が高校生に戻った。

あのやましげ校長×やしろ教頭の声聞くと。

やっぱりあの頃が僕の中のSOLなんだよ。

そう感じた。

あの心の若返り様はヤバかった(笑)

で、東京でやしろ教頭最後のイベント、春夜祭に行った。

当たらなかったのにキャンセル待ちで入れた(笑)

最後の握手会でまさかのボイスメッセージ、やしろ教頭本人が吹き込んでくれた(笑)

YouTubeへのアップの許可ももらったし、この人神!って思ったwww

2012年、10代最後の年…=閃光ラストチャンスの年。

もう割り切って「小堀僚」名義でソロとして「オッペケペー」「スーパー人間」「さよならがはじまり」で送った。

でもなんか半分もう諦めみたいなのが入ってた。

ずっと一次落ちだったから、もうこないんだろう、結局って。

でも神様は見放さなかった。

ある日の大学の放課後、その電話はかかってきた。

「閃光ライオット一次審査通過」…

もう半端なかった。

やっとここまでたどり着いた感があった。

もう後悔だけはしたくなかった。

全力で2次に挑むことに決めた。

もうあの時の練習量はすごかった。

とりあえず後悔だけはしたくなかったのです。

そんな時、大学で今まで最高に支えてくれる人とも出会った。

あのときは、ほんと青春してるなあと思った。

ひとつの目標に向かって突っ走ってた。

2次審査、思ったとおりの演奏ができた。

曲はオッペケペー、そして2曲目もやらせてもらえた。2曲目は滑走路。

もう燃え尽きるように自分を燃やした。

悔いはなかった。

でも3次に上がることができなかった。

その段階で自分の中の閃光ライオットは終了した。

何とも言えない感情に包まれた。

でも10代最後の夏、燃え尽きたかった。

だからそれを作ることにした。

「衝動ライオット」

8月25日、東京のClub EARTHで。

成功したとも言えない内容だったけれども十分10代最後の夏を突っ走ることができたと思う。

そして、10代最後の閃光ライオット本戦にも行ってきた。

これで本当に10代最後の夏が終わった。

あの後のゆうぎの家でわちゃわちゃしたことも思い出すなあ。

何気にあの時のゆうぎの家で、人を音楽で感動させるっていうことに気づいたというか、感じた。




…そして今この時。もう1時間もない。

他にも学校のこととかいっぱい書きたかったのに時間がない(泣)←

10代の中で特に印象に残ってるというか、影響を与えたことについて何点か。

まずは、友達を失ったことかなあ。

中3の冬。エレクトーン仲間だった翔平君を突然亡くした。

あれは、ほんと死について考えるきっかけになった。

あれ以降数ヶ月、夜になると死の恐怖に心が押しつぶされそうになった。

曲もできた。

「mean of life」なんだけどね。

答えはまだ見つけてないけど、とりあえず死ぬときに悔いの残る人生にはしないようにしようという思いだけはまとまった。

あの時、BUMP OF CHICKENの「orbital period」にはだいぶ助けられた。

その半年後、高校のコピバンのVo&Gtのやつが自転車事故で重症に陥った。

あの時は千羽鶴作るの呼びかけたなあ。学校で。

自分も作ったし、密かにひとつひとつ折る前に裏にメッセージ書いて折ったんだけど、後でもらった手紙の中にちゃんと見たよっていうの書かれてて、少し恥ずかしくなった(笑)


あと青春してたといえば高3かなあ。

受験で大変だったけど、コーラスコンクールも含めた学祭。

うちのクラスは音楽選択者8人全員いるクラスで、演劇に通じるやつもいた。

コーラスは「風に寄せて」っていうめちゃくちゃ難しい曲やって、さらに同時並行で「ムーランルージュ」っていう演劇もやりつつ受験勉強しつつ…。

見事二冠!

劇も、自分は音響についたけど、本気で音響やった。

自分でオリジナルのBGMとかを夜通し作った。

でも大半が監督に却下された。

あの時、めちゃくちゃ悔しかった。

でもあの悔しさは今思うとすごくバネになった。

ちゃんと使ってくれたやつもあったしね。

作り直したりもしたし。

そこまでやった音響はあの時はいないと思う。

取った2冠。

あれは高校で一番の思い出だね。


大学は今、結構満足してる。

以前から好きだった考古学勉強してる日々が楽しい。

唯一音楽面だけが満足できてないところだけど。

もっと精力的な活動がしたい。





刻々と明日が近づいてくる。

ティーンネイジャーが終わろうとしている。

自分というものを作り上げてきた10代が終わる。

20代…。これから僕に待っているものは何なんだろうか。

でも、結局はそんなに変わらなかったりして。

今は前の日記で書いた「理想のリア充」になりたい。

考古学ももっと勉強したい。

音楽で少しでも成功してみたい。


「どんな時もほろ苦い僕でいたいのです」

「経験です 経験です」

フジファブリックのTEENAGERが心に響く。

ありがとう、僕の10代。

楽しかったです。

ただもう10代を味わうことはこの人生では二度とない。

だから少し切ないけど…前を向いてこれからも進んでいこう、この人生を。

楽しい人生にするんだい!

死ぬとき、「この人生よかった」って思えるようにしたいのです。

そんな前に立ち塞がる20代への扉。
その扉は塞がるともう二度と戻ることはできない。

進んでやる。



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音楽で飯食おうとかそういうのはあんまり思っていない。

でもいけるとこまでいきたい意欲はある。

どちみち、多分死ぬまで音楽と考古学はやるだろうと思う。

とりあえず今はバンドが組みたい。まずはそこから。

ライブとかレコーディングしてCD作ったりとか、とりあえずインディーズでCD出すとこまでいくのが今の夢かなあ。

誰に一番憧れてるかといえば今はBrian the Sunかなあ。あんな活動がしたい。

それで、バンドがそこそこ有名になって「Vo&Gtの小堀さん、考古学の勉強してるらしいぞ 」っていう意外性出せたらいい。

そんなん言われてみたいなあ。

逆に発掘のバイトとか大学とかで「小堀さん、音楽やっててCDとか出してるみたい」って言われたい。

そこまで学生の間にいってみたい。

それが理想のリア充かなあ、今の自分には。

タワレコとかにCD置いてみたいよね。

バンドはなくて一人だけの活動はこりごりだなあ。

ライブでバンドの演奏見るたびにバンドへの憧れは強くなる。

とりあえずメンバーほしい!

ギターのすないしくん入っただけでもソロの時よりはずっといい感じになったけど、ベース、ドラム…!!

絶賛ベースとドラム募集中です。

閃光という夢がなくなった今、その目標に向けて走り出したい。

そんな10代最後の一週間を過ごしている今日この頃です←




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昨日の都道府県調査ファイナル、ロスタイムスペシャルUstで流してもらったけど、閃光の前後のこととか色々思い出して曲にしてみました。

「夏の夕暮れ」といいます。

TranCedeのMySpaceにもアップしたんでよかったら聴いてください。

http://www.myspace.com/trancede




はじまりが終わりのはじまりだって
そんなことわかってたから
とてつもない不安に襲われた
心躍る裏側で

知らぬ間に時間だけは過ぎ去ってく
楽しい時間はあっという間
行き先のない快速は飛ばすよ
空に消えてった

もしもここがなくなってしまったなら
もう会うこともないんだな
藪の先に誰かが僕のことを
読んでいる

見たこともない感情が溢れた
部屋の片隅から
抑えられない気持ちは雨を降らしてる
ほら

そばで光るベンチの手を
握りながら想いにふける
死んじゃう前のコンクリート上
蝉の声 耳に刻まれたまま

ひとつひとつ欠片を集めては
ここを振り返るよ
僕らはもう大人になってしまったね

見たこともない景色が溢れた
ちっぽけな僕の中で
数え切れないシールは張り込まれてゆくよ
ほら





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