メイドのマリーが戻って来た。
そう、例の「八千草薫風」である。
田舎の父親が重度の糖尿病で、足を切断しなくてはいけないかもしれないということで帰郷していた。
結果的には、医師の勧めにもかかわらず、父親が膝下からの切断を躊躇って手術は見合わせることになったらしい。
一時は、帰ってくるかどうか心配したが、帰って来てくれたのでホッとしている。
何しろ、彼女は今まで雇ったメイドの中でも1番気に入っているからである。
彼女がいない間は臨時のメイドに来てもらっていた。
こちらも人柄もよく、なかなか良いメイドだった。
香港で20年も働いた経験があったので、料理が上手かった。
茄子の中華風おひたしや、私が今まで食べたことがない美味しい中華風料理を振る舞ってくれた。
でも、香港で20年も働いたのに、何で今更、より安い給料でフィリピン国内で働かなくてはいけないのだろう?
蓄えも十分にできたはずである。
(注、香港のメイド給料は400ドル程度からで、運よく欧米人家庭辺りだと700ドル程度貰えることもある)
彼女にざっくばらんに聞いてみた。
そしたら、香港で働いて貯めたお金で田舎(ネグロス)に両親のために家を建てたという。
更に、妹や弟を大学へ行かせたので貯金も底をついたという。
香港から帰国後はしばらく田舎にいたが、生活費を稼ぐためにもうしばらくマニラで働くことにしたという。
彼女は典型的なブレッドランナー(Breadrunner=Breadwinner、一家の稼ぎ頭)だったのだ。
フィリピンでは良くある話だが、まったく頭が下がる思いである。
家族のために、時には自分の人生をも犠牲する。
今に息づく「おしん」の世界である。