「癒しの日曜日」-23 | 「何時か見た青い空」 フィリピンへの誘い

「何時か見た青い空」 フィリピンへの誘い

青い空と青い海に囲まれて、今なお残るスペイン統治の面影。この国に旅してみたい、住んでみたいという方の参考になればと思います

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昔、「兼高かおる世界の旅」というテレビ番組があった。


兼高かおるという才気にあふれた女性が世界各地の景色・風物を紹介した紀行番組だった。



1959年から1990年までの31年間にわたってTBSで放送された長寿番組である。

取材の全行程は721万kmに及び、地球180周に相当するというからたいしたものである。

兼高さんが何時も取材に出かけていたわけではないが、多分、当時の日本人では航空会社の乗務員を除いては彼女が一番たくさん飛行機に乗った人だと思う。





日曜日の朝に放送ということもあり、私は家にいるときは大体みていた。

子供心に素敵な番組だと思ったし、これをみることによって、海外への夢が膨らんでいった。

外国人(ドイツ人?)の血をひく兼高さんが、エキゾチックで気品があり、当時の私は憧れのまなざしでみていた。



渋い声の芥川隆行と掛け合いのナレーションもお洒落だった。



当時は今ほど海外へ行くことが簡単な時代ではなかったし、そんな時にバックグランド・ミュージック、「八十日間世界一周」と一緒にながしていたパンナム航空のジェット機が妙に旅情をそそったものだった。



映像と音声の違いはあるが、ラジオ番組「ジェットストリーム」を聴くのと同じような気持ちになる。







パンナム航空は奇しくも、番組終了の翌年、1991年に倒産してしまったが、かつては世界一周路線も持っていた世界一の航空会社だった。

ニューヨークのパンナムビルは観光名所だったし、日本の大相撲でもパンナム優勝杯なんていうのがあって、片言の日本語を喋る日本支社長が面白おかしく優勝力士に杯を授与していた。





私は一回だけパンナム航空に乗ったことがある。

インドからの帰りに、途中で立ち寄ったタイのバンコクから東京に向かう便だったと記憶している。

ベトナム戦争が終わってしばらく経っていたが、出発時刻間じかになって多くのベトナム難民が乗り込んできて飛行機の席が満席になったのをはっきりと記憶している。

彼らの目的地はアメリカだ。

テレビや新聞のメディアでだけで伝え聞いていたベトナム戦争を肌で感じた。



今は昔である。 



今日は癒しの日曜日である。



追記:
私は兼高かおるさんが私より遥かに年上なので、どうされているかと思ったら、今でもご健在のようである。
そろそろ80歳、何時までもお元気でいていただきたいと思う。
なお、余りの偶然でビックリしたが、「兼高かおる世界の旅」が偶然にもこの5月から再放送されているらしい。日曜日の昼前の11時ころかららしい。
今回、ブログを書くために調べてみてはじめて分かった。
でも、旅行ガイドとしてみるには撮影年月が古すぎるような気もする。
再放送開始と私の原稿書きが一緒になるなんて、なんか、番組の霊が私を呼んでいるような気がした。