自分の嫌な部分に気づかせてくれる人
最近、また気づきがありました自分の中で「苦手だな」と思っていた人がいてその人から自分の心がざわつくことを言われましたその人の真意は分からないけれど私はそれを言われてからそのことで頭がいっぱいになりました反応しない、受け流すのトレーニング中だったけど気にしないようにしよう!とすればするほど気になって「気分を変える方法」をググったりしてなんとか気を紛らわせようとしたのですがどうにもずっと頭の中から消えない結局仕方なく気にしないようにするのをやめてとことん向き合おうと決めノートにつらつらと起きた出来事とそれに対して感じていることを書き出したのですすると出るわ出るわ怒り、悲しみ、抵抗、反発、まぁほぼどす黒いもの散々感情を出しまくったあととりあえず少しモヤっとしたものが減ったのでいつもの寝ることにでも起きてからもまだモヤっとしたものが残っていたのでさらに深掘りこの出来事はなんのために起きたのか何を私に気づかせようとしているのか何度も自問自答しようやく気づいたのですこれはもしや鏡の法則なんじゃないか鏡の法則とは自分の内面が鏡のように現実に現れることを言います(投影とも言われますね)好きな人がたくさんいる状況は自分のことが好きで・・・(人に対して好きなだなと思う部分は自分の好きな部分)嫌いな人が周りにいるときは自分のことが嫌いで・・・(人に対して嫌いな部分だなと思う部分は自分の好きな部分)そう考えた時にその人は私に「そういうところありますよ」って気づかせてくれるために登場されたんだなと思いました嫌だなと思ったところは自分が自分の嫌だなと思う部分反応したっていうのはそういう部分が自分にもあるからなんですよねで、どんなところが嫌だったかというとお節介なところでした 笑これ捉え方によってはありがたいことなんですマメだし先回りして色々と手配してくれるしだけどたまにこちらの意図を聞かずに思い込みであれやこれやと行動される知らなくても良かったことを教えてくれて私の心は反応しチーンつまりいき過ぎお節介・・・それわざわざ言わなくてもええやんって思ってしまい私は反応して落ち込みましたでもよく考えたらそのいき過ぎお節介は私も自分の娘にしていました・・・こうした方がええんちゃう?と思って手を出すと「そうじゃない💢」とよく怒られていました人のふり見て我がふり直せと昔から言われていますが人を見て嫌だなって思ったところは実は自分の中の嫌な部分自分の人間関係を見た時にやっぱり大好きな人に囲まれていたい✨だから私は自分の嫌な部分を認め改めていき自分をもっと好きになりたいと思いましたなかなか自分の嫌な部分って認めたくないしそもそも自分自身は気づきにくいだからこうして登場してくれた人は私の自分の嫌な部分に気づかせてくれるとてもありがたい存在だったのですそう思うと感謝なんですよね(でもここにたどり着くまでに一週間ぐらいかかりましたが笑)ということで嫌な人が目の前に現れたら嫌だな止まりにせず深掘りしてみると自分の嫌な部分に気付かされたというお話でした最後までお読みいただきありがとうございました✨