10月10日  22才の私は何を考えていたか? | 義足のオートバイ乗り ルーちゃん

義足のオートバイ乗り ルーちゃん

自然エネルギー・社会問題・フレンチブルドッグが好きです。



薬害肝炎名古屋の副代表です。
薬害根絶に闘っていますが
無党派です。

オートバイで 交通事故をして

22才の時に7ヶ月入院していた。

 

その時間が自分の人生で良い経験になった。

 

ある時に外来に

車椅子で行った時に、

あるオバさんが

 

「足がないじゃない。まだ、若いのにどうしたの?」

 

と聞いて来た。

 

失礼な言葉だ。

自分は、既に上を向いていた。

後悔なんかないんだよ

 
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入院中に手紙をある人に書いた。

 

ケンタウロス ボスへ
私は、11月9日に交通事故で右足を失ったいちRIDERです。名前は宮井留志
年は22才 職業は広告代理店に勤めています。現在休職中です。何らかの宗教には属しておりません。岡崎のLAFORCEというM.C.CLUBの者です。
ケンタには、何度か寄ったことはありますがボスは覚えはないと思います。最後に寄ったのは、去年の8月14日、丁度オタツさんの弟さんが来ていていっしょに昼 ソバをご馳走になったことを覚えています。自己紹介はこれくらいにして本題に入りたいと思います。今、私は、まだベットの上の生活をしています。考える時間は十分過ぎるほどあります。事故を起こしてから7ヶ月、病院のベットで色んなことを考えてきました。
オートバイとは何か、自分という人間について、神とは、愛とは、楽しみってなんだろうかと、人間らしさって何か、人間とはなにか、なぜ人には欲があるのか、などということを考えてきました。そして、それぞれの疑問はある程度みえてきたのですが、生きるということはなんだろういう基本的な疑問にぶちあったのです。
  人間の欲のために、人は泣き 又、自然は壊されてゆく。人間が生きるために必要最小限の犠牲は自然の法則として仕方のないことだろう。動物、植物、大地、水、空気、なにもかも今、我々人間が私欲のために殺し、壊し、汚し、自然界のバランスをくずしている。人がこの地球に現れてから現代に至るまで約1億年としても、地球が出来てから40億年分の1 長い年月をかけ、地球が造り出した万物を人類はほんの一瞬で破壊してよいのだろうか、それも、この地球のもつ運命なのだろうか、そして、運命という便利な言葉でかたずけてすむ問題なのだろうか。このままでいいのだろうか。人としてすべきことはなんだろうかと考える。でも、考えてみても自分自身もこの社会に生きているのだし、今、この生活から自分が抜け出すことも出来ることでもない。自然を守れと言って、木を切り、体を鍛えながらタバコを吸うようなこの社会から抜けだすことが出来ないのは事実なのだから否定しようがない。働いて金を得て物を食べて子供を育て老いていく、それが人生なら、なんと悲しいではないか。矛盾だらけの社会。子供を生むことが、人の人たる意義なら、人は今、人口増加に頭をかかえているではないか。なんでも度が過ぎるから、いけないんじゃないだろうか。犠牲のもとにできる生活、人は金に走り、心をなくし、なんと悲しい社会なのだろう。だから私は行き詰まってしまったのです。この社会における中で、人間の本来の生きる価値って何だろうかと。ボス、是非、お答えください。
この社会における人間の本来の生きる価値とは何かということを、22才のヒヨコに教えてやって下さい。お願いします。  生きるとは何か。納得した答えがでるまでは、私はオートバイに乗ることはないでしょう。最後に一言、言わせてやってください。バイク好きな奴、皆、バカだよ。大馬鹿だよ。足が千切れ、手が折れて、内臓破裂で動けない時、足のなくなった悲しみよりも、バイクに乗れない悲しみで泣いているんだから、俺の足を奪ったバイクなのに、そんなバイクのために涙ながすんだから、バイク好きなんて大馬鹿野郎だ。言いたい放題、言ったことをお許しください。また、乱筆乱文をもお許しください。
                                                  敬具
           62年3月6日    

                                                  宮井留志

PS.出来れば考えたいものですか書面でご返事いただければ嬉しく思います


※KENTAUROS M.C とは横浜を拠点とする1964年に設立されたMOTORCYCLES CLUB

 

その後、

自分は8年間オートバイに

乗らなかったが、

30才の誕生日に乗り始めた。

 

愛知県から横浜まで

手紙を持って行ってくれたのが

KZ1300に乗る猛者だ。

 

そして30才までに

オートバイに乗ると

約束を覚えていたのも彼だ。

 

今はオートバイから

遠うのいているが

自分は8年間待つよ。