生きていれば、色んな問題は起こる。
それはストレスでありハードルのようだ。
ただ、自分の目の前に現れるハードルは、
越せない事は現れたりはしないと思ってる。
たまには背伸びして苦しむこともあるだろうが、
結果がどうであれ、勉強にはなっているはず!
今ある試練は、
自分の為にあるんじゃないかなぁ・・・と、
いつも想う。
アンテナは、常に立てるが、
肩の力を抜くように心掛けているつもりだが、
周りからはカチカチに見えてるんだろうなぁww とも思う。
他人事のように聞こえるかもしれないが、
いきなり津波のような災害に巻き込まれる事もあろう。
命の別れもあるだろう。
ある時、自分の子供を見てたら私と似ていた。
当たり前に遺伝子は受け継がれてるが、
子供の中に自分がいる事に気がついた!!
私は他界した両親と似ている。
自分の子供が元気なら親はそれだけで幸せだ(^^)
おかしな表現に聞こえるかもしれないが、
死は誰もが保証されている。
今生の別れは必ずあるという事だ。
幸い!
自分は、母親の介護、死を見送る事が出来た。
生前に産んでくれたお礼、
足を失った事を詫び、
期待に添えなくて愚れた事を心から謝った。
母親は、済んだ事だよと微笑を返してくれた。
私の心は救われたが、
見送った後、心は彷徨った。
四年半前には血圧が240まで上がり、
脳出血でぶっ倒れた。
原因は暴飲暴食なのだろうが、
その前に腕が肩までしか上がらなくなっていた。
後で考えると、
新しい義足を製作してもらう間に、
仮義足として古い義足を利用していた。
自分に合わせるのではなく、
義足に合わせて歩けてしまうので、
高さの調整をすることなく
履き続けたのも原因だったのだろう。
バランスは大切だと改めて思うが、
自業自得 だ!
新調した義足で調整をしたら、
翌日から肩の筋肉の張りは改善されて腕は上がるようになった。
今は、バランスをみるゲーム機を購入してあるので、
それで重心をみて調整するようにしている。
縁起は因果果報、
高僧は云う、
一枚の紙の中に雲を見るのが仏教。(ティクナットハン)
万事が繋がりがあるという意味だね(^○^)
私は、自分が元気なら先祖は幸せだという事に
気がついて元気を取り戻せた。
ガキの頃に走り高跳びの競技をしていた。
(国立競技場)
時代を感じる髪の毛も足もあるww
バーは目線を超えると急に恐怖感が増す。
でも、慣れてくる。
習うより慣れろ!!
いつしか、頭上のバーも越えれるようになる。
みんな、負けんな!!
