亡き父親は、日の丸・君が代を聞くと
仲間が死んで逝ったと泣いていた。
明治37年生まれの軍人。
獣医師だったので、軍医として満州にも行っていた。
父が60才の時に長男の自分が生まれた。
父の背中には爆弾の破片が食い込んだ傷跡があった。
そんな父親の影響から、
自分も日の丸・国歌斉唱には涙する。
変な奴やろ(^○^)
日の丸が国旗として議決されたのは、
1999年(平成11年)と意外に最近だ。
国旗及び国歌に関する法律
311以前は、背筋の伸びていない若者をみると
この国には、徴兵制・軍隊は必要だと考えていた。
今は違う!
311で何が大切かに気が付いた。
6年前に薬害肝炎被害者救済特別措置法された後、
自ら情報開示請求をして薬害肝炎だと知った。
交通事故の輸血が原因で肝炎患者になったと思い込んでいたが、フィブリノゲン製剤(止血剤)の使用によっての薬害だった。
愕然とした。
大好きな国に裏切られた事を知った。
このままでは
死ぬ前に国を恨んでしまう。
恨みはしたくないので
ウィルスと闘う事を決めた。
そして1年間の
ベク・インターフェロンとリバビリンの2剤併用療法に挑んだ。
副作用に自殺念慮なんて注意書きがある強い薬だ。
一週間に一度、投与する。
投与されて薬が抜ける二日間はマイナス思考になる。
三日目には解放感からハイになる。
人工的に躁鬱状態が作られる。
躁鬱は振り子のようなもの、
そこに外部からストレスが津波のようにやってくる。
低いハードルなら乗り越えれる。
38週目に311が起こった。
毎日、流れる惨事の報道。
行動できない自責の念から、
生きている価値を見失い一過性の鬱に陥った。
携帯は水に沈め、
壁の時計の電池を抜いた。
カチカチという音さえストレスに感じた。
治療は強制終了した。
13週目で消えていたウィルスは2ヶ月後に再燃してしまった。
一日腐った。
翌日には再度、闘ってやるとパワーが湧き出した。
身体も心もズタズタの状態だったが、
薬害根絶と脱原発を主軸に社会運動に闘う事に決めた。
人生は決めたもん勝ちヤ!!
三つ子の魂百までと云うが、
性格は変わらないけど、
考え方は変えれる。
意識を変えれば言葉が変わる。
言葉が変われば行動が変わる。
自分の苦しい時を共に過ごして
勇気づけてくれたフレブルのブーママ。
意識を変える事で、色んな気づきに恵まれる。
人は自分で気が付かないと変われない。
追記、
今は副作用の少ない薬がありますので、
早めの検診、治療が宜しいかと・・・
自身もタイミングを見つけて再治療します。
