私は意見をいうタイプです。
意見をいう時には解決策をも提示します。
批判と意見は別物だと思っているからです。
人はぶつかり合ながら長い時間を経て仲間になっていくのだと思うが、
人を許す事が出来ない人は口論する資格もないとも思う。
八方美人という言葉は、どちらにも良い顔をという意味で使われるが
私は良い意味で八方美人でありたい。
人の中の間と書いて仲間。
自分が空(ニュートラル)でなければ難しい。
人を素直にする空間もそういう場所なのだろう。
本音の柔らかい言霊はどちらの心に響くと願う。
お母さんのような気配り、
お父さんのような懐の深さ、
優しく強く生きたい。
自分を持たないと意見も言えなくなる、
私は己に降りかかる火の粉は払います。
後日、
私は再び拳を差し出します。
拳を返してくれない人もいる。
卑屈に考えるのはその人の器。
あとは時間が解決してくれる。
何度もその繰り返しで真の仲間になれる。
縁の無い人は消えてゆく。
真の仲間とはそうして創られる。
強く生きるという事は自分を持つという事ではなかろうか?
