天安門事件、1989年6月3日に北京に着いた。
王府丼飯店にチェックインした。
夕方、天安門広場に向う途中で緊張は始まった。
トローリーバスが、真横になり天安門広場に向う道路を塞いだ!
ホテルには戻る事が出来なく、現地世話人の配慮で日中友好病院に逃げ込んだ。
街には人が溢れ、所要箇所に立つ人民解放軍兵士が動けないように市民が囲んでいた。
私も共に囲んだ。
朝4時頃、ヘリコプターの音が頻繁に聞こえるようになり、
病院には救急車が次から次へとやってきた。
撃たれた人たちは、実際に見ています。
いたるところで、弁士が状況を説明していた。
中国のテレビはどのチャンネルも民族舞踊だった。
関係筋から国外退去してくれと進言され、空港に向った。
荷物は関係者に取りに行ってもらった。
空港に向う道では、ウルムチから来た人民解放軍のトラックが連なっていた。
すでに、外国から入って来る飛行機はない!
香港に向うチケットがなんとか取れた!一安心!
しかし、外は小雨の状態なのに、天候が悪化という理由で飛行機は飛ばない!
結局、8時間待たされ香港に脱出した。
離陸して、すぐに機内ではジャーナリストが、映像を世界に発信するんだと話し出した。
香港 啓徳空港、ビル群の中に着陸するような空港だ!
着陸と同時に安堵と共に乗客の喝采が起こった。
香港でCNNをみて、初めて水平撃ちがされたと状況が解った。
今の日本は当時の北京より情報統制されていると思う。
香港の人たちは熱かった。車は街を埋め尽くし、一晩中 クラクションを鳴らし続ける!
私は、集会に参加した!
プラカードには、はっきり、「李鵬 下台」と書いてあった!
日本は、平和ボケにされていて、非暴力のデモですら、危険な人と思われている傾向が伺える。
私は思う!
デモは非暴力の自己表現!