今日(日本時間の昨日)は息子陵太の初節句でした。


奥さんのブログ
に写真がのってますが、GWにあわせてLAに来てくれた奥さんの両親に立派な鯉のぼりと兜を頂き(それ
以外にも荷物の半分以上を私達へのおみやげが占めていたくらいたくさんのものを頂きましたが)、ウチの実家からも色々とお祝いをもらって、とてもうれしい初節句になりました。


アメリカに住んでることもあってかあんまり初節句に対して準備とかしてなかったんですが、やっぱりこんなにしっかりとお祝いしてもらうとひとつの節目というか良い記念になりますね。両両親に感謝です。


やっぱりこれからは日本のお祝い事というか記念日的なことと、アメリカのそれっぽいイベントの両方をちゃんとセレブレートして忙しいくらい楽しみたいと思いました。そしたら陵太も両方の国の文化に触れられますしね。


そう思ってカレンダーを観てたら最早次の週末は母の日(これは日米共通)、そして19日は陵太の11ヶ月記念日、28日はメモリアルデーという戦争で亡くなった人々を偲ぶアメリカの大きな休日と、毎週なんらかのイベントがあってえらいことになりそうです。


そして来月で陵太は1歳。。。


はやいもんです。ホンマに。


子供をみてると人間て1年でほんま別人のように成長するもんやな~と目をほそめつつ、ふと我が身を振り返ると自分の成長率が日本の金利並?のように感じて大変です。体脂肪率だけは順調に伸びている(と思う)のですが。。。


息子を見習って日々頑張ろう。
さて先日アパートを仕事場の近くに引っ越ししました。


やっとネットもつながって諸々落ち着いてきた今日この頃です。



来週の週末からGWにあわせて奥さんの両親がLAに来るのですが、それに際して「日本からおみやげに何か好きなDVD買って行ってあげる」という夢のようなお言葉を頂き、ダウンタウン関係かイエローモンキー関係かで相当悩み眠れぬ夜を過ごしておりました。


色々調べてると、なんとイエローモンキーが売れる以前からよく彼らを取り上げていた、若手?ロックバンドの登竜門番組、「LIVE Y (テレビ神奈川)」のDVD (THE YELLOW MONKEY特集が出ているではないですか!!!

ハピネット
ライブ帝国 THE YELLOW MONKEY

関西圏では京都テレビ(テレビ大阪?)にて深夜放送されていたこの番組を当時高校生だった私は毎週非常に楽しみにしていて、この番組を通じてイエローモンキーという存在を知ったのです。


今でも強烈に覚えている吉井和哉氏の登場した回、まだ彼のことも知らない私はこのあきらかにクスリやりまくってそうなニヤニヤした怪しいニイちゃんに、また今週は格別おかしな奴がでてきたなと怪訝な姿勢で臨んでいました。


そして確か番組の終わりの方で自分の好きな曲をいくつか紹介するコーナーになった時、この怪しいニイちゃんは待ってましたとばかりにデビッド・ボウイのLP (おそらく「ジギー・スターダスト」のアルバムだった)を取り出して、



「ボクはこの人と血がつながってると思います。」



と、ちょっと照れ笑いを浮かべながらのたまいました。


感受性豊か?な当時の私は、この時の彼の照れ笑いが、それまでの公共の電波で振りまいてよいとはとても思えないラリッたようなフニャフニャした笑みとは待ったく違うものであることをすかさずキャッチし、


「こいつは本当にそう思ってるんや。アタマおかしいんか?」と怪訝な姿勢を崩さない自分がいる反面、一方で「このニイちゃんはカッコイイかもしれん」と急激に興味をかき立てられていました。


その後ふとした機会に彼のバンドのCDを手にとり、以降は彼らの成長、停滞、停止、そして解散という全てのステージを追いかけ、実際に知り合いでもなんでもないけど彼らの色んな局面に立ち会ってきたつもりです。



そして今、私には勝手に「血がつながってる」と思ってるフィルムメイカーが2人います。


そして吉井和哉氏とも勝手に「血がつながってる」と思ってます。


彼らがやろうとしてることが分かる、そして自分がやろうとしてることが間違ってないと言ってもらってる、彼らの作品と歩みからそんな気が勝手にします。



こんなすばらしい出会いをくれた、地方局のマイナー深夜番組「LIVE Y」



どうもありがとう。


先週末にテキサスはダラスまで出向いて 参加してきた


AFI DALLAS INTERNATIONAL FILM FESTIVAL  


にてRedemptiom Maddie にStudent Competition (学生部門)のGrand Jury Prize (最優秀賞)を頂きました。


作品ていうのは不思議なもんで、作ってる時はもちろん必死で、自分の持ってるものの全てを出して苦しみの内にやっとの思いで産み落とす(「削り出す」といった方が自分的にはしっくりくるかもしれません)訳ですが、一旦完成してしまえば後は「ここはああしとけばよかった」みたいなことばっかりが頭に浮かびます。


もっと言ってしまえば、できた直後には観るのも恥ずかしい、人に観せる時には自分の目と耳を閉じる、というくらいの失敗作にみえる時期が全ての作品において(少なくとも私には)必ずあります。


周りの人に褒められたり認められたりしても、やっぱり作品として届きたかったところへ届け切ることができなかった自分の未熟さばかりが作品から浮き出てきます。


もちろん映画は観る人がどう受け取ったかで初めて完結するものなので観る人が良いと思えばいいんでしょうが、どうしても作り手として、自己満足とは逆のベクトルで、「もっとより良いモノを届けられるはずなのに」という思いが常にあります。


だからまたすぐに次のモノを作る、もっと良い作品を作りたくなるという面もあると思います。


しかし完成からほぼ丸1年が達ち、すでに次の作品も完成した今となっては比較的冷静な眼でこの作品を観ることができるようになりました。もちろんまだまだ「あそこが」みたいな思いはあるものの、随所で「やっぱりこのエンディングの曲いいな」みたいな感じで受け入れることができるようになり始めました。



そんな中今回賞を頂いて、最初は「まあ学生部門やからな」とエラそうなことを思っていたのですが、とはいえ意味あるものだった気がします。


この作品はその立ち上がりから色々とあったので 、なんとかカタチになる結果を残したいという思いが当初からあったからです。


賞をとる為に映画を作るというのはもちろん不可能で、そんなことを考えてるヒマなんて一旦動きだしたら全くないし、はっきり言ってどうでもいいことなんですが、それでもこれから世に出て行く学生という立場、そして特に今回のケースでは監督のアランが最初のステップから難しいポジションに立たざるを得なかったことなどがあったので、ひとつ肩の荷がおりた、というのが正直なところかもしれません。


映画祭に招待して頂いた選考委員の方々、Grand Jury Prizeに選んで頂いた審査員の方々、そしてなによりもこの作品に関わってくれた人々と観てくれた全ての人々に感謝します。



さてダラス出張のことを書いてたらすでに次の週末が終わってしまいましたが、


先週の木曜日はAFI最後の最後のイベント、2006年卒業生の全卒業制作を学外の人々向けに上映するAFI SHOWCASE 2007がありました。


これは毎年AFIが主に業界関係者向けに行っているもので、例年学校主導で粛々と行われてきた訳ですが、今回のSHOWCASEは少し毛色が違うものとなりました。


というもの、SHOWCASEは年に2回、基本的にはセメスター毎に行われ、Redemption Maddie も含め第1セメスターに制作された作品は昨年秋にSHOWCASE VOL.1で上映されたのですが、その前回のSHOWCASEがイベントとして非常にしょぼい、というか学校側のチカラの入れてなさがモロに出たものだったのです。


これまでアークライトシアターというLAで一番良い映画館のひとつでやっていたのが、グレードの低い、映画館でもないイベント会場みたいなところに換わり、十分なプレス活動を行わなかった為参加者も少なく、本当に学校としてやらなアカンからとりあえず金を掛けずにカタチだけやった、という印象を拭うことができないものでした。


しかしこのSHOWCASEは本来AFIとその生徒達にとって、学外の様々な人々に2年半の集大成を見せる非常に大きなイベントであるべきでものです。そして今回のSHOWCASEは前回よりもカバーする作品数が多く、計4日に渡って行われる為、成功させることができれば非常に大きなイベントになる反面、しょぼいままだと最終日などは目も当てられない状態になることは誰の目にも明らかでした。


そこで学校の姿勢に不満をもった数名が前回のSHOWCASE後に立ち上がり、学長と交渉してもっとしっかりコミットしてくれる担当者の任命と、生徒主導でマーケティング、プレス、及びファンドレイズする許可を取り付けました。そこから数ヶ月かけて、イベント当日に配られるカタログの広告枠を販売するというカタチで業界の各ベンターや業界紙等から資金を集め、その資金を元に上映する劇場をアークライトシアターに戻し、ウェブサイト 制作、OBを中心とする業界関係者への告知活動等々、生徒達がまさに学校側のケツを叩くカタチでイベントはカタチになっていきました。


また開催数週間まえにはトレイラー もウェブサイトだけでなくユーチューブをはじめとするメディアで公開する等、できる限りのことをした上で、生徒達は期待と不安を抱えて初日を迎えました。



そしてフタをあけてみると、月曜日だった初日は350人収容の劇場にやや空席がみえたものの、日を追う毎に人は増え、最後の2日はゲストだけでも立ち見が出たので生徒は全員通路及び外での待機となった程の盛況でした。私の作品は最終日の一番最後という大トリでの上映だったので、そのまますぐアフターパーティへ突入し、アークライトシアターのバースペースは歩けない程の人が皆酔っぱらってえらいことになりました。


結果として業界の様々な人々と知り合うといった付加的な収穫も少しはありつつも、なによりもやっぱり自分達が2年半という時間を過ごしてきた仲間達と一緒に、最後の最後にすばらしいイベントを共有できたことがあまりに感動的で、この日の為に立ち上がった数名の有志と、それに同調して皆でチカラを出し合って大きな風を起こした同級生達を非常に誇りに思った最高の夜でした。
翌日曜日は午前中からスクリーニング。


theatre3


土曜日に続いて客席は結構埋まってました。いつも思うんですが
映画祭、特に今回のように長編・ショート会わせて190本の作品
を上映し、そのうち数本まとめて流すショートプログラムも7つ
あるような大型フェスティバルの中で、おそらく偶然にもこのプ
ログラムを観にきた観客と自分の作品との邂逅は、お目当ての作
品にお金を払ってわざわざ見に行くいわいる通常の映画とのそれ
とは全く違う分、作品への評価がすごくピュアにでるんじゃない
かなと。またそういう何のエクスペクトもない観客の反応を肌で
感じることができるというのはなかなかない幸せな状況なんじゃ
ないかと思ったりします。



qa


上映後にはこんな感じでフィルムメイカーへのQ&Aがあります。
映画祭によってはちゃんと机と椅子がでてきて時間かけてやる
ところもありますが、今回は非常に簡単な感じでちょっと拍子
抜けでした。


それでもQ&Aのあとに劇場のロビ-で色んな人に「良かったよ」
と声をかけてもらったり、持って行っていたDVDを欲しいと言っ
てもらったりすのはやっぱり素直に嬉しいもんです。


上映後は昼食をとるヒマもないまま映画祭がホストのインタビ
ューをこなすためメインオフィスへ。

posters


メインオフィスの廊下。壁を埋め尽くす参加作品のポスター達。


posters2


我がRedemption Maddieのポスターもちゃんとありました。


interview

今回は映画祭のプレス用DVDと地元のメディア向けに各作品
3本のインタビューが組まれていて、その内のひとつは監督の
アランだけ、あとの2本は二人で受けました。こういったイン
タビューは、する側もされる側もある程度流れ作業的な感じ
で次から次へとこなして行かないといけないので大体が同じ
質問の繰り返しになる訳ですが、たまにそんな中に鋭い質問を
折り込んでくるインタビュア-もいて、逆に自分の作品への
新しい視点を提供されるようなことがあるのが面白い所です。


interview2


やや緊張の面持ちでインタビューを受ける同級生のデューク。



待ち時間が長かったりしたのもあり3本終わるころにはもう空港
に向かう時間になってしまっていたので夜のレッドカーペットに
アランだけを残して急ぎ帰路に着きました。


ゆっくり食事するヒマもとれないバタバタの日程でしたが
全く知らない初めての土地で、初めて自分の作品を見る人々
の反応を見ることができたり、知り合っておくべき人々と知
り合うこともできた非常に有意義な週末出張でした。



ということで土曜の夕方到着したダラス。


映画祭に参加する時まずしないといけないのがレジストです。
事務局に立ち寄って到着を告げ、彼らが準備してくれている
フィルムメイカー用のパスとスケジュール等諸々の資料を受
け取ります。


パスには他にプレス、業界関係者、スタッフ、VIP等々の種類
があって、このパスさえ首からぶら下げておけばどのスクリー
ニングにも無料で入れる上、自分がそういう立場でこの映画祭
に参加しているのか一目瞭然なので初対面の人との会話のきっ
かけにもなります。


mainoffice

ダウンタウンの真ん中に陣取るメインオフィス。


mainoffice2


レジストどこですか?と聞いたらフィルムメイカーのレジスト
だけ別の建物に移動したとのこと。しぶしぶパーキングメータ
ーにコインを足して徒歩で移動することに。


aacenter

新たなレジストオフィスとなった、フィルムメイカーラウンジ
にもなっているアメリカン・エアライン・センター。


フィルムメイカーラウンジは、その名の通り映画祭に出品して
いるフィルムメイカー達の交流の場&休憩所として映画祭側が
用意するスペースで、ちょっとした飲み物やスナックを無料で
提供してくれたりする非常にありがたい存在です。


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ラウンジ入り口。


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結構広いスペース。


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今回の映画祭はターゲットというスーパーとデパートの間みた
いな大手チェーンがメインスポンサーだったので、ターゲット
オリジナルのスナックやらドリンクがやたら充実してました。


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早速バーでフリードリンクに飛びつく監督のアラン。

registration

レジストデスク。立っているのは同じく卒業制作が招待され
た同級生の監督デューク。


ひととおりの手続きを終えて早速今晩上映が予定されてる劇場
へ。近くのスタバで休憩していると、あたりは映画祭のパスを
ぶら下げてカタログを読みふける人だらけ。


となりのテーブルにいたおじさんと話してたら偶然にもこの映
画祭のファウンダーの一人で、17年前にナイジェリアからアメ
リカに来て政治学?を専攻し、2年前までブッシュ政権のアド
バイザリースタッフとしてホワイトハウスに勤務していたとい
う変わり種。


「アメリカ経済の中心地のひとつであるダラスは、政治の世界
においても今や全米で最も発言力のある街のひとつになってい
る。この映画祭をきっかけにダラスのもつ強力な経済力と人々
のエネルギーをエンタテインメントの世界にも向けることがで
きれば、業界の地図をすっかり塗り替えることも難しいことじ
ゃないんだ」と熱のこもりだした彼の意気込みと語り口は政治
家そのもの。


あまりの剣幕にやや引いてしまった私たちは「じゃあもうすぐ
スクリーニングだから」とお茶を濁して立ち去ることに。


しかし彼の言う通り、映画祭の構想が立ち上がってから9ヶ月と
いう短い期間で映画祭の予算としては超Aクラスに入る約5億円
を調達し、サンダンス映画祭やAFI FEST LAなどのメジャーフェ
スティバルから人材をザクザク引き抜いて見事にオーガナイズ
されたイベントに仕立て上げた彼らの豪腕と、それを支える豊
富な資金力はこの街の持つパワーを象徴しているといえるでしょう。


theatre1

上映会場のマグノリア・シアター。ちょっとおしゃれ目のショ
ッピング&レストランモールの中にあるシアターだったので、
地元の人々もいつもと違う盛り上がりに興味津々。来年再来年
はもっと街全体を巻き込んだ大きなイベントになりそうな予感が。


この日はまずデュークがレッドカーペット。あのセレブとかが
よくやってるあれですね。色んな地元のメディアとかも来てて
インタビューされる同級生を見るのは不思議な気分でした。
Maddieのレッドカーペットは翌日の夜で、アランだけを残して
私はLAに戻ったのでおあずけになりました。


その後自分達のショートプログラムを担当してくれているスタ
ッフに挨拶したりしていよいよ土曜の夜10時という遅めの上映
が始まりました。

theatre2

夜遅い上映にも関わらずロビーで列を作る人々。えらい盛況でした。


ショートフィルムのプログラムは通常7~10本の作品を2時間
前後に渡って一度に流します。従って他の人々の作品も観る
ことができるのでそれもまた楽しみのひとつ。


今回のプログラムの中ではどうひいき目を差し引いても私達の
Maddieとデュークの作品が突出して良くて、他の作品の中に
「おお!」と思うものがなかったのがちょっと残念でしたが、
まあいずれにしてもこういうショートフィルムをきっかけにし
てこれから世に出て行こうという若きフィルムメイカー達との
交流は刺激になります。


上映が終わった頃には真夜中を過ぎていましたが、この日はかの
デヴィット・リンチ監督に特別賞?が送られたことを記念するパ
ーティがあったので会場のホテルまで移動してそこから2時過ぎ
まで色んな人々を話したりして飲む。


残念ながら今年が1年目だからなのか時間が遅すぎたせいか次の
ビジネスに結びつきそうな業界の人々は少なかったけど、他の
メジャーフェスティバルでも働いているメインスタッフ達と色
々話をすることができたのは収穫。


2時頃になってよくよく考えたら昼も夜も何も食べてないことに
気付き、地元の人に聞いて夜中まであいてるダイナーへ。多分
そこが街で唯一開いてる店とあって泣く子も黙る程ごったがえ
して店員もキレまくり。30分程待ってやっとこさありついたチ
キンタコスを飲むように食べてホテルに戻って即寝しました。






先日のエントリー で私の卒業制作が色んな映画祭に招待して
もらってると書きましたが、この週末はRedemption Maddie
をショートフィルム部門の公式招待作品に選んで頂いた


AFI DALLAS INTERNATIONAL FILM FESTIVAL
へ参加する為テキサスはダラスに出張してきました。


これは毎年ロサンゼルスで11月に行われるAFI FEST という、
サンダンス映画祭等に続いて全米有数の規模を誇る映画祭の
姉妹版として今年から始まった大型映画祭です。


直前まで同じ週末に上映のあった老舗映画祭
FLORIDA INTERNATIONAL FILM FESTIVAL とどっちに行こう
か悩んだ末色んな人の意見を聞いてダラスを選びました。



土曜日の朝一番に奥さんと陵太にLAXまで送ってもらい、
まずは経由ポイントのフェニックスへ。


phenix


US AIRWAYSのハブ空港であるフェニックス空港はさすがの
混雑。どのレストランもファーストフードも大行列で45分
しかない待ち時間にひやひやしつつサンドイッチをむさぼっ
てダラス便へ駆け込む。


matsuzaka

ちなみに売店のマガジンスタンドにあったスポーツイラスト
レイテッド紙の表紙は松坂!パラパラめくると松坂研究の
大特集が数ページに渡って組まれており、横浜高校時代に
ノーヒットノーランを達成した時の写真に「この時伝説は
生まれた」という紹介。


彼が伝説を生んでいた丁度その頃、当時大学の夏休み中だった
私は地元の連れ達と一緒に

「松坂のストレートと同じスピードや!!」

とアホなことで騒ぎながら高速道路をすっ飛ばして海に遊び
に行ってたこと、あとPL学園との延長に突入した試合で
(再試合なったんやったかな?)非常に興奮した若いアナウ
ンサーが

「西の横綱、東の横綱、ガップリ四つ!!」

って100回くらい叫んでたことを思い出す。



そんなこんなで夕方ダラス到着。まずはナビ付きレンタカーを
借りてレジストしに受付会場へ。


余計なことを書いてたらちょっと長くなってきたので続きは
後ほど。
怠け者の私と違いちゃんと数日置きに更新するしっかり者の
奥さんのブログ ではもう前に(というかきっちりリアルタイムで)
書かれてましたが


陵太が突発性発疹にかかってしまいました!!
(そしてもう直りました。)


丁度プレミア上映会の翌日から熱を出し始めたので、これは
おそらくとんでもない人数に触られまくったのが原因に違い
ない!!と父はそれはそれは申し訳なく思っておったのです
が、陵太お気に入りのお医者さん井上先生に見てもらったら
いつもの笑顔でこれは赤ちゃんがよくなる突発性発疹の症状
である、という説明をしてくれたので少しだけホッとしました。


その後井上先生の予告通りに2日程熱が続いて、その後赤い
発疹が3日程出て復活。8ヶ月の子供が39度前後の熱をだした
り発疹出したりするのを見ているのは本当に胸が痛みました
がちゃんと予定通りにウィルスと闘い乗り越えてくれたので
さすがは我が奥さんの息子、と誇らしく思うのでした。


私も子供の頃は色々な病気にかかって大変だったと親から聞い
たことがあるのでこれから陵太がいくつもこんな体験をするの
かと思うとハラハラです。


早くそういうのを一通り終えて(むしろすっ飛ばして)大きくな
って欲しいと思いつつ、でもまだしばらくは赤ちゃんでいて
欲しいとも思う複雑な親心。


この週末は復活した陵太と奥サンと3人で充実のお出かけ&休憩
時間を過ごしました。


manhattan beach

陵太人生初ビーチ&サンセット
@マンハッタンビーチ



元気に散歩に行ける幸せを噛み締めました。


久しぶりに家族が集合した翌日の夜は
私のAFI卒業制作2本目"STILL LIFE"の完成披露上映会でした。


修士号取得には1本だけでよい卒業制作をプロデュースコース
の人手不足により2本作ることになった私は、9ヶ月前に卒業し
て以降も仕事しながらこの2本目の仕上げが続いており、やっと
こさ今年1月になって完成したのでその後色々な手続きをしたり
出てくれた主要な役者さん達のスケジュールを調整したりして
この日にこぎつけました。


当日は夕方からスクリーニングルームの横にあるスペースで
レセプションの準備をして (今回はバーテン&ケータリング
ありのちょっとだけ豪華レセプションにしました)、7時半頃
から招待したキャストやスタッフ、友人らが集まりだして
ビール&ワインと食べ物をつまみながら久しぶりの再会を楽し
みつつ、8時過ぎから劇場内へ移動して皆の努力や思いが全て
詰まったフィルムを上映しました。


premiere_2

200人以上収容するAFIで一番大きいスクリーニングルームも
立ち見の盛況。

premire_1

上映前の挨拶で拍手を受ける監督マヘイシュ



その間私は陵太がまだ真っ暗な中で20分間いるのがしんどい
のをいいことに、上映中に奥さんと3人でレセプションスペース
のテーブルに座ってのんびり飲み物やら食べ物をつまみ食い。
上映後の拍手がなり始めたところで劇場内に入り、メインメン
バー紹介で陵太と一緒に舞台へ上がりました。


premiere_3

上映前も上映後も話題をさらった息子陵太の人生
初舞台。ちょっとびっくりしたのか泣き出してし
まいました。。。



上映後も再びレセプションスペースで引き続きパーティが
11時頃まで続きましたが、作品は非常に好評で皆えらく
興奮してたのでああよかったなぁとちょっと肩の荷がおり
ました。そして全ての片付けを終えて帰る時に、卒業後も
いつもひっきりなしに打ち合わせとかしてる監督のマヘイシュ
と改めて握手したらなんだかあぁ終わったんやな~て感じが
すごいこみ上げてきました。


一応これでやっと残ってたAFIの全作業が終了し、あとは
今月末に毎年AFIがLAで私が一番好きな劇場アークライト
シネマを借りて行う恒例の業界向けAFI全卒業制作上映会、
"AFI SHOWCASE"に出席するのみとなりました。


また2本の卒業制作は今色んな映画祭で公式招待作品とし
て選んで頂いて上映され始めてますが、まあそれは結果と
いうか自分達の作ったものがどのくらいのものなのかとい
うことを外の人々に判断してもらうものなので、まあどこ
かの人が興味をもってくれたら良いな、もしそれが次のス
テップにつながればラッキーだなという感じです。


santabarbara

因に1月に呼んで頂いたサンタバーバラ国際映画祭で、
丁度ショートフィルムを初監督したブラピの元奥さん
ジェニファー・アニストンと一緒にインタビューされて、
鼻の下がめちゃのびてたと後で彼女に怒られてた1本目
の卒業制作"Redemption Maddie" の監督アラン。



何度もこのブログに書いてますが、2年半前にLAに来た時に
あまりの英語のわからなさに愕然として以来、本当に物理的
にも精神的にも温かい家族とすばらしい友人に恵まれてなん
とか無事に全ての学生作業を修了することができましたこと
を皆様に心から感謝申し上げます。


本当にどうもありがとうございました。


もう学校の外での仕事を始めてからしばらく経ちましたがまた
新しい気持ちで頑張っていこうと思います。


改めて思いを新たにした夜でした。






なんと2ヶ月半ぶりの更新です。



その間なにしてたのかと思い出してみると、


ー12月は頭から下旬までハワイのカウアイ島で撮影、

ーそこからオアフ島へ移動して締め業務、

ークリスマスの日にロスヘ戻って冬のパッキングして
 年末年始は奈良~静岡、

ーまたロスで数週間仕事した後祖父の一周忌で2月頭から
 10日程静岡、そのうちのビジネスデーは東京で打ち合わせ等

ー3日間だけLAに戻って雑務を片付けまた夏のパッキングを
 しておとといまでオアフ島で撮影


。。。ということでロス~日本~ハワイを往復してました。
ロスもほとんど開けっ放しになるような感じやったので、
その間奥さんと息子は静岡の実家でお世話になっておりました。


なので期間中何回か実家で家族一緒に過ごしたものの、
6、7、8ヶ月と三回に渡る息子の"誕生日"をミスし、忘れられる
危機を経験しながらたまに会っては成長の速さに驚いていました。


しかしついに私がおとといの夜ハワイから戻り、奥さんと息子が
昨日の朝静岡から戻ってきて、実に3ヶ月ぶりに家族三人がロス
のアパートに全員集合しました!


早速久しぶりのプレイマット上で成長ぶりを見せつける息子に
必死でついて行きつつ、時差ボケと移動のつかれ、そして撮影
の疲れと家族みんなにたまった疲れを一度にとらんとするかの
ように三人並んで昼寝&夕食をはさんでまた夜寝と、爆睡の
一日を過ごしました。



やっぱり幸せですな。