大学の構内を抜けたはずなのに、気づけば私はかつて通っていた高校の門の前に立っていた。
踵の潰れた靴、見慣れない学生鞄。通い慣れたはずの坂道が、今日はどこまでも続いているように思えた。
けれど校舎の影、窓の光、駐輪場の空気の匂い。すべてがあの頃のままだった。
時計の針が戻ったのではない。ただ、私だけが少しだけ道を外れて、古い景色の中に滑り込んだのだ。
待ち合わせの友人にテレビ電話をかけた。
着信はすぐに繋がったが、画面の向こうは賑やかだった。
親族が集まった大きな座敷、色とりどりの料理、子どもたちの笑い声。
彼女は笑っていた。「ごめん、もう始まっちゃってて」
私は「ううん、大丈夫」と言った。
高校の昇降口に座りながら、ふと、季節の境目のような涼しい風に触れた。
誰かが私を忘れてくれたなら、きっとこんな風に、そっと時間がほどけていくのかもしれない。
家に戻ると、小包が届いていた。
差出人は見知らぬ名前だったが、手書きの伝票には確かに、私が注文したはずの文字があった。
箱を開けると、中には出汁のセット。
鰹、昆布、煮干し、干し椎茸……袋の詰まった木箱がいくつも出てきて、ひとつ、またひとつと並べるうちに、
「これ、一年どころじゃないな」
と、私はひとりごちた。
箱の底に、小さな紙が挟まっていた。
柔らかい文字で、こう書かれていた。
「戻ってくる味があると、人は迷わず歩けます」
私はその紙をそっと冷蔵庫に貼った。
音のない夕方、鍋に水を張って、昆布を沈める。
夕陽色に染まる鍋の中で、昆布がかすかに膨らんでいた。
何かを取り戻すのではなく、ただ、そこにあることを確かめるように。
そして私は、もう一度、道を選びなおす準備をはじめた。