最近私の親戚が叔父の法事で集まったという話を母から聞いた
もちろん私は仕事の関係で今回も参加することなく話を聞くだけだが
叔父叔母もいとこも仕事をしている人たちは、大企業で長く勤めあげるか、教職などの公務員で同じことをずっとしていて、いわゆる典型的な安定した人生を歩んでいる
そんな安定した人々の中で、私は留学をし、外国人と結婚をして海外に住み、離婚もし、子供とはヨーロッパと香港で離れ離れ、香港でもいろんな会社に転職してキャリアを積んでいる
家族や親戚から見たら危なっかしくて仕方がない生き方なのかもしれない
幼いころ、自分はどんな人生を送るのだろうかと考えたことを思い出す
私には同じ土地に住み続けて、結婚して、マイホームを買って、子供を育てて、老後を楽しんで、人生を終えていくという生き方に違和感だけがあった
一度世間が言う幸せのレールに乗って結婚して子育てをしたけれど、その時も夢の中にいるようで、現実を生きている気がしなった
もちろん子供達を誘拐という形で失った時は地獄を味わったが、今はその事実を受け入れて、たまに会う母親としていいと思う
離れて暮らす子供たちが大きくなった時に、私の生き方や思いを語れるように、格好よく不安定に生きようと思っている
はっきり言って今でも私は自分の未来がまだ見えない
このまま香港で生活し続けるのか、ほかの国に行くのか
どんな仕事をしていくのか
今はっきりとわかっていること
私は挑戦し続けるということ
変化の多い人生であること
先が見えないことは怖くもあるけれど
先が見えすぎる人生は私にはもっと怖い
安定が悪いということではなく
私には合わないということだけ
変化には恐れが付きまとうために、恐れと向き合う大変な人生であるけれど
様々な人関わり、いろんな国を体験できる、面白い人生である
社会のレールに乗ってないことはこれぽっちもコンプレックスに思わなくていい
誰にもわかってもらえなくてもいい 応援してくれる人がいることは有難いけれど
自分が一生懸命生きれる人生を、ただ味わうだけでいいのではないか
