過去のブログの恋愛の記事にてご紹介した通り、私はこの人だっていう特別な男性に出会うと、いつもほかの男性と出会う機会に恵まれ、本当の気持ちからの‘逃げ場’というものが出来てしまう。
ほかの男性と出会いたいと特に意識しているわけでもないことも多いが、潜在意識の中では‘逃げ場’を作りたいという思いが無意識に発生していて、その潜在意識が勝手に願望を叶えているということである
そう、執着がない願望というものはこんなにもいとも簡単に叶ってしまうのである
Mr. Bigと出会ってからも、多くの男性と出会ってきた
その中の数人がブログに綴られている登場人物のボビーやらグレイやらジョブズ
私がその男性たちを知りたいと思ったというのも本音であるが、結局はその人を良く知る前に違和感を感じて、自分から逃げ足早く逃げたのである
なぜ特別だと思う男性と折角であったのに、それ以外の人に逃げ場を作るかと自分自身に聞いてみると
· 振られて傷つくのが怖いから、うまくいかなくても大丈夫なようにしておきたい
· ほかの人からチヤホヤされて、とにかくいい気分になりたい
だそう
そう、結局は自己保身と承認欲求を満たすため
臆病者で自己評価の低い自分ということである
自己保身
自分が振られてしまうと格好がつかない、恥ずかしい
だからこそ、振られてもほかの人がいるという現実を作ることによって、自分のプライドや体裁を守る
根底にあるものは、自分の軸がなく他人の評価や意見に振り回されて生きているということ
必要以上に他人を気にするがあまり、失敗しても周りの人に対して言い訳が出来るような状況にいることで安心する
過去の失恋や失敗にきちんと向き合わずに心の奥にしまって蓋をする
その蓋をされた’傷’がどんどん化膿して、心の内部まで炎症を起こしているのさえも見ないふりをして、表面を取り繕う
解消されていない心の炎症を無意識に守るように生きているから、毎日は無難に過ごすように心の防衛本能が必要以上に働いている臆病者なのである
自分の強さなんて一ミリも信じていない自己不信
承認欲求
男性にちやほやされることによって‘誰かに必要とされる自分’ ‘モテる自分’に酔いしれる
本当に好きな人が見つかって振られるのが怖いから、ほかの人に好意を持たれることによってインスタントな自信らしきもので自分を誤魔化す
もっと重症なのは、異性に言い寄られる自分を自己評価にリンクさせてしまっている状態
結局は他人に認められることでしか自分の価値を認めることが出来ないということ
自己評価が低いどころか、自分の価値さえも他人に受け渡してしまった‘奴隷’なのである
他人の目や評価を気にしてそれに囚われて生きている間に、人生はあっという間に終わってしまう
そんな人生、誰のための人生なのだろう
他人の奴隷となっただけ
私はいつも自分が‘死’を迎える時を考える
「私、自分の人生を十分生きた。もう後悔はない。」
そう言って、人生を終えたいのである
後悔のない人生を生きていきたい
たくさんの感情を味わっていきたい
傷つくことも失敗することもあるけど、そこから学べばいい
世の賢人や成功者といわれる人たちは、大きな失敗をしている
失敗から学んで、立ち上がればいい
人間は強いもの
暗闇の中でも光の存在を信じ続けることが出来る人には、必ず大きな飛躍の時がやってくる
恐れずにいこう
思いっきりいこう
