昨日から、待望の幼稚園が始まりました。
息子もアイドル並みに可愛い(AKBとか目じゃないっす)、子供としっかり向き合ってくれる先生の下、楽しく通い出しました♪
良かった、良かった
で、タイトルなんですが、幼稚園行きだしたから、とか、子供が成長してきたから(もちろん、成長はしていますが)ではなく、私自身の心の問題というか、心境の変化なんですが…
そもそも、私は母子関係が上手く行っておらず、最初に保育士試験の勉強した時に(約10年前!)それが故に、自己肯定感が低いことに気がつきました。
そこから、自分が自分で首を絞めていると気付きながらもそれを止められないことで、今までの様々なトラブルが引き起こされたことにも気付いて…
その時は、ベビーシッターの資格を使って、ベビールームに勤めていました。
子供は可愛いし、大好きだから、泣き声とかも気にならないし、子供から学ぶことも多くて、毎日、身体は疲れるけど、楽しく過ごしていました。
でも、自己肯定感を育む経験のない自分が、よそ様の大事な時期のお子さんをお預かりするなどという、人ひとりの人生を左右するような職を目指してよいのか?と葛藤し…別の職場に移り、資格取得もあきらめました。
その後、主人と知り合い、初めて本当に自分を受け入れてもらえたと感じることができる人間に出会い、肩の荷がおりたというか、心が軽くなってからは、その気付いている望んでない自分を変えようとするんじゃなく、受け入れ、そういう自分とどううまく接するかを試行錯誤している中で子を授かることを肯定的に考えられるようになって、それを望むようになるんですが…
息子は本当に可愛くて、自分の命より大切だと心から思える存在だったけど、とにかく寝ない、ベビーカー拒否、おっぱいから離れない…いわゆる、育てにくい子。
可愛いけど、不安になってきました。
自己肯定感の低い、自己肯定感を育むこと、適切な親子関係を知らない私が育てているから、こうなんじゃないかと…
それで、私は間違った方法は知ってるから、それはしない。
が、じゃあ、どうしたらいいの?となって、地域の保健師さんを通じていろんなところに相談に行きました。
その間にも、息子はこだわりは強いし、妙に記憶力がよかったり、言葉は早かったり、大きく身体を動かすことは得意だけど、指示が入りにくかったり…
もしや、もしや…発達障害?
いやいや、私の接し方が悪いんだ、と悶々とする毎日。
しかし、私は問題ないと毎回、言われる。
でも、公園や買い物など、生活の中で知らない人に躾がなってないなどと怒られたり
、暴力的な子と言われたりな毎日。
完全にどうしたらいいのかわからないループにハマっていて、発達相談員の「幼稚園に行けば落ち着く」の言葉にすがって、入園したものの、かえってヒドくなる一方…
そんなこんなで、発達障害の疑いの診断が下り、私の自己肯定感云々の呪縛からは解き放たれた…ように思っていたけど、いろいろ心を整理する中で、子供の時の私に向き合わざるを得なくなりました。
読者登録している方々の記事などで、はっとする言葉を幾度も目にし、私が私を受け入れるだけでなく、いたわり、慰め、好きにならないと、自己肯定感を育むとかそういう話が雲を掴む話のままになるんじゃないか?そう思い始めたんです。
保育士の勉強を再開していたのも、本当に良いきっかけで、個々の子供に寄り添い、置かれている環境を考慮して、いかに保護者と連携して、子供に生きる力を与えるか、それをいろんな角度から教えていくのがテキストの内容。
要は、大事なのはそれだけなんだな、と。
なら、私自身に私が寄り添わなければ、他己である子供のことなどわかりようがないよな、とカウンセラーの方に引っ越し前、困った時にこうしたらよい、といくつか方法をきいていた、そのやり方をいくつか実践してみました。
正直、即効果はない。
でも、自分で自分に丸をつける意識を持ったことは、大きく自分の心持ちが変わりました。
すると、息子に対して、本当はスルーでも良かったことを叱ってしまったり、イライラが爆発して言い過ぎたりすると激しく落ち込んでいたのが、落ち込むんじゃなく、次こそはうまくやれる!という、なんというか、ポジティブな感じに思え、じゃあ、こうしていこうかな?ああしてみようかな?なんてちょっとワクワクしだしたりして…
息子の見過ごしがちな良いところも目に突き出して、誉めてあげられたり。
息子は、息子で、より誉められたくてドンドン誉められるであろうことを率先してやろうとするようになって。
気付いたら、注意することが激減したし、誉めたり前向きな言葉をたくさん口にするからイライラしなくなってきた。
で、表題に至るわけです。
そうは言っても、生活の中で口うるさく言わないとできないところもたくさんあるし、言葉遣いや苦手なことを全くやろうとしないとか、困り事がなくなったわけでは全然ない。
たぶん、前と同じにうんざりする程、まだあるんだけど、息子と私はぐちゃぐちゃ言いながらも誉めて、たくさん話を聞いて一緒に考えていれば、いいんだ、とそう私が納得できた、それがとても大きい。
悩んでも、いつかはできるんだと信じられる。
彼がいいと思うかどうかはわからないけど、私の子供時代とは違う物を築けている自信。
もうブレなくてすむ。
難しいことではあるけど、毎日、いかに丁寧に子供と向き合うか、それだけでいいのかもしれない、そのことに気がついて、単に可愛い、どうにかしてあげたい、力になりたいではなく、一歩ひいて、見守っていく大切さがわかった、そんな気分です。
発達障害云々の母という、なった人にしかわかりえない気持ちを共感するだけではなく、私のように親子関係が良好でなく、子育てをする中で、よい母親像を見いだせていない、どうしたらよいかわからないながらも、自分と同じ思いはさせまい、と、もがいている母にも、共感、応援できる保育士になれるといいなー
いや、なりたい。
いやいや、なる。
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