The Millstone

 

著:マーガレット・ドラブル(Margaret Drabble)

訳:小野寺 健

 

Originally published in 1965

1980年10月4日 初版発行

1980年11月4日 再版発行

河出書房新社

堺市立図書館より貸出

 

出産を機にずっと読みたかった

ドラブルの碾臼を読みました。

このタイミングで読めたので

非常に共感を覚えました。

 

ロンドンに1人暮らしをしている

ロザモンド・ステイシーは

交際していない男性との

一度の性交渉で妊娠します。

堕胎を試みますが、

産むことを決意します。

妊娠、出産を通して以前よりも

人との繋がりを持つようになります。

回想形式の一人称小説です。

 

小説に描写されている

子どもへの新鮮さに満ちた

愛情や子育てに共鳴しました。

ただまだ生後一か月過ぎの

子どもを抱える自分には

娘から自分に向けられる愛情を

感じ取れるロザモンドを

羨ましく思いました。

 

またこの小説はヴィクトリア朝の

新しい女小説の歴史を踏まえて

間テクスト性に着目して読むと

大変興味深いです。

ヴィクトリア朝の新しい女小説のヒロインは

ギャスケルの「ルース」に見られるように

自らのセクシュアリティに従事した罰として

未婚の母になります。

積極的にセクシュアリティを追及せずとも

ハーディの「日陰者ジュード」のように

未婚の母と私生児が悲惨な結末を迎えます。

新しい女小説では法的結婚をしないで

結ばれるフリーラブの形式を取り、

子を儲けるヒロインが多数描かれますが、

結果としては規範の性道徳の中で

不幸になる結果が多いです。

新しい女小説では母性にも

焦点を当てられています。

 

この英文学のフェミニズムの流れから

鑑みると「碾臼」の興味深い点は

まずロザモンドは自らの妊娠を

姦淫ではなく禁欲に対する罰だと

認識する点です。

高等教育を受け、職業を手にしており

自立と男女平等を両親から教え込まれている

ヴィクトリア朝の新しい女像である

ロザモンドは性的未成熟さゆえに

罰されたと見なします。

 

"確かにわたしは罪を犯していた。

けれども、それは節制に欠けた

肉欲という昔なつかしい

伝統的な罪ではなく、

まったく新しい

二十世紀の罪だった。

わたしの犯したのは、

性という概念そのものに

たいする疑念、不安、

おののくような恐怖

という罪だったのだ” (p.26)

 

ドラブルがヴィクトリア朝の新しい女を

意識していたことはロザモンドが頻繁に

ヴィクトリア朝の小説ではなく

エリザベス朝の詩を研究している、

と言及することから伺えます。

 

"根がヴィクトリア朝的な人間だものだから、

ヴィクトリア朝的な罰を受けたのだ” (p.27)

 

しかし子という罰を受けたロザモンドは

出産や育児を通して他者への想像力や

他人に頼ることなど他人との繋がりを

持てるようになります。

罰を受けたロザモンドですが

グラント・アランの「やってのけた女」の

ヒロイン、ハーミニアとは異なり、

娘のオクタヴィアと

幸せに暮らす展望を感じさせます。

小説の終盤でオクタヴィアの父親ジョージと

再会しますが、彼との間の子どもの事は

明かさずに男女の恋愛ではなく

娘との母娘の愛で生きていく決意で

小説は終わりを迎えます。

女性が自らのセクシュアリティに

忠実でないことを非難する考えや

未婚の母としての充足感を描くことで

ドラブルは

ヴィクトリア朝の新しい女像を

発展させたと思います。

 

 

 

参考文献

 

・「フェミニズムとヒロインの変遷」

著:風間未起子

 

 

・〈新しい女たち〉の世紀末

著:川本静子