第一次世界大戦期のジェンダーとセクシュアリティ

 

著:林田 敏子

 

2013年5月 初版発行

人文書院

 

通勤中に読んでいた本を読了しました。

28日が仕事納めでした。

その日にちょうど読み終わりました。

 

著者はテレビで一度拝見したことがあります。

イギリスの近現代史の専門家です。

本書はシリーズ「レクチャー 第一次世界大戦を考える」

のうちの一冊です。

戦争中の女性の表象や女性の社会進出などが

論述されている

第一次世界大戦期イギリスのジェンダー史です。

今年はサフラジェットと女性参政権運動についての本を

読んだのでちょうどその流れとして、

その後の女性史を学べました。

 

著者は

“第一次世界大戦は

セクシュアリティの戦争であった”(p.138)

と述べます。

“戦争中ほど、「性差」というものが

絶対視される時代はない。

戦いに勝つことがすべてに優先する社会では、

武器をとって戦う者こそが

価値をもつからである。”(p.9-10)

“女性は男性(兵士)が命をかけて守る

「かよわき」存在として、

また、戦いを終えた兵士が戻ってくる

「家庭」のシンボルとして表象された。”(p.10)

“弱き性としての女性は、戦争の犠牲者として、

あるいは男たちの戦いを鼓舞する女神として、

ポスターをはじめとする戦時プロパガンダに

積極的に活用された。”(p.10)

著者はドイツのベルギー侵攻や志願兵募集の

実際のポスターから女性がどのように

プロパガンダで描かれたを解説します。

 

そして著者は戦争中の人出不足の中で

女性がどのように社会で働いたのか、

とくに女性警察と陸軍女性補助部隊を中心に

女性の就労とその影響について論考していきます。

“戦時中の女性就労における

もっとも顕著な特徴の1つは、

従来、女性の参入を認めなかった分野を含む、

より幅広い職域への進出であった。”(p.14)

“こうした職業は独自の制服があったため、

制服姿の女性たちは

社会進出のシンボルともなった。”(p.14)

“しかし、制服は女性に開放感を与えるからこそ、

男性にはある種の危機感を抱かせた。”(p.16)

“イギリス女性全般に見られた

そうした「変化」に対する危機感は、

新たな社会問題を生み出していく。”(p.17)

“イギリス社会は戦時労働によって

家庭から「解放」された女性たちが、

従来のジェンダー秩序を破壊するのでは

ないかという不安で覆われた。”(p.17)

 

“陸軍女性補助部隊は、

女性の居場所は家庭であるという

フェミニニティの支配的モデルと、

「戦う」ことは本質的に男性の仕事であるという

マスキュリニティの支配的モデルの

双方を脅かす存在であった。”(p.148)

“軍隊内には女性労働に対する緊急の必要性があり、

女性隊員の地位や役割は

伝統的なジェンダー規範のなかに

とどまるものであったにもかかわらず、

女性部隊に強い批判が向けられた事実が、

その脅威の大きさを物語っている。”(p.144)

“「戦う」女たちは、

兵士(男性)のマスキュリニティを脅かし、

戦時のジェンダー秩序に

大きな揺らぎをもたらしただけでなく、

それまで当然視されてきたマスキュリニティと

ミリタリズムの一体性を破壊することで

市民権に関する概念をも大きく変えた。”(p.149)

“大戦は市民権に対する考え方を大きく変えた。

それまで議会参政権の絶対条件であった

性別と階級は後方に退き、

かわって愛国心、奉仕、犠牲が

市民権に関する

新たな価値観を生み出していく。”(p.145)

“1918年の女性参政権を含む選挙法の成立は

国政選挙に参加する資格を

「性差」以外のものさしではかったまさに

最初の例だったのである。”(p.145)

“戦後の早い時期に離婚や相続の女性の権利や

養育権の男女平等化が実現した。”(p.146)

“しかし、ここで確立されたのは、あくまで

「夫や父親に扶養される女性」の権利であり、

まっさきに参政権を付与されたのも

「妻として」「母として」の

女性であった。”(p.146)

“女性が大戦中にさまざまな形で示そうとした

市民としての価値は

母性に関わる部分のみが評価された。”(p.146)

“1918年法が実現した女性参政権は、

兵士を育てる「母」に与えられた

一種の褒章だったのである。”(p.146)

 

著者の主張で一番興味深かったのは

女性の社会進出が市民の要件を変化させたこと、

そしてそのことが女性参政権実現に結びついたという論です。

しかしあくまで女性は「母」という

従来のジェンダー観の中でのみ評価されています。

女性参政権が何故、どのように実現したか、

重大なファクターは何か、は

議論の余地がある事柄で、

著者の見解に触れられて良かったです。

 

イギリス女性史やジェンダー史、

フェミニズムに関心がある人や

戦争が社会をどのように変化させるのかに

興味がある人にお薦めです。