私の仕事は「ザ、雑務」って感じ。
なんでもやるし、頼まれる。
ということで
他部署の年下女子から手伝ってほしいと
頼まれた。年下女子とはいえ上位職。
だからさ、
彼女が出した候補日は、
すべて予定を調整してオッケーを出して、
「この日だけは経理の要だから
難しいです」って
かなり前もって、何回か伝えた。
彼女は了承して、
別日に予定を入れたんだけど
その日にインチキ台風が来て、
私は台風はクソインチキだから
彼女がやるなら出勤予定だったのに、
早々にリモートに
切り替えたと連絡がきた。
その翌日が絶対ダメな日だったから、
そこは難しいとすぐにメールで言って、
さらにその当日、朝にも「今日は厳しい」と
伝えたし、それが明日でも業務に影響が
ないことも確認した。
な、の、に、
「30分だけ手伝えませんか?」って
しかも、佳境中に言われて
「全然ムリ」って答えたら、
ヤオラ1人で始め出しちゃった。
それなら、
黙ってやってくれたらいいのに、
ため息はつくし、忙しいからツイ
広い共用机の端っこに置いちゃった
私のインスタントコーヒーの近くで
作業を始めて、インスタントコーヒーの
フタがゆるかったから倒してこぼれて
めちゃくちゃ気まずい雰囲気が流れた。
机は広いんだから、
なぜ、わざわざコーヒーの
近くでやるのだって思ったけど、
「チッ」とか小さくいいながら
片付けていたもんで、
発達に多いに問題がある私ですが、
空気を読んで、経理のヤマを
超えてから手伝った。
もともと、私は単純作業は
好きですから、手伝い出したら
いろんな話をしたりして、
ちょっと楽しくなってきた。
この女子は、新しく来た
自分よりキャリアが高く、
なおかつ若い女子が
自分のスケジュールをマルムシして、
仕事を振ってくるのがいたく不満らしく
トウトウと話していた。
しかし、彼女が切々と訴える不満は
まんま、私が今思っていることだったから、
なんか、おかしくなっちゃった。
私は発達に多いに問題あり人間ですけど、
空気も読めるし、こういうことで
キレたりしないんです。
ちまたでは「発達障害は空気を
読めない」って定説がありますが、
そんなことありません。
「読めない人もいて、
読める人もいる」ってのが実情です。
そりゃ、私だって発達の人だから、
細かい空気はサッパリわからんけど、
3パターンくらいはわかる。
それくらい覚えたら生きるには
困らない。なんとかなる。
なぜなら、
健常者はそこまで
バラエティに富んでおらず
ステレオタイプがめっちゃ多い。
だから、3パターンくらいで
充分対応可能。
いくら私が発達の人だからといって
3パターンくらいは覚えられるよ。
だってさ、
世の中のイルカさんやアシカさん、
ゾウさんを見てみいよ。
エサをもらうために
もっと複雑なパターンを
覚えてはるやないの。
とりわけ、ゾウさんに至っては
涙なくして見られてない
魂の芸までやっちゃう。
戦中、食べ物がなく
空襲で檻を壊され暴れ回るのを
恐れて、動物園の生き物は薬殺処分を
された。ゾウのハナコだけは、
注射を通さない硬い皮膚と、
毒餌を見分ける賢い知能があったために
餓死させられることになった。
しかし、ハナコは
芸をしたらエサをもらえることを
きちんと覚えていて、
「芸をするからご飯ください」という
魂の入った芸をして飼育員を泣かせた。
ちなみに、泣いたのは
飼育員だけではない。
息子が小学校のときに
朗読の宿題で「かわいそうなゾウ」を
読むたびに何回でも泣いてしまい、
ハナコの芸は時間も空間も超えて
私に訴えかけたのであります。
たかだかゾウさんでも
ここまでやるんだから、
いくら、足りないところがあるとは言え
私は霊長類の王、人類の一員。
たった3パターンのハナシじゃないか。
覚えられないこたぁないって
思ったもんで、わかるよーになりました。
だから、
ハナコの芸は私の人生まで
変えてしまった。本当に知性高く、
素晴らしいゾウさんでした。
日本人は元来、「判官贔屓」って言うか、
悲劇が悲劇のまんまで終わることを
ヨシとしない民族で、
だから、源頼朝は
大陸を渡り、チンギスハンになったって
伝説を作ったりした。
実は、ハナコに関しても、
「ドラえもん」の世界で
かわいそうなハナコの扱いに
ブチ切れたのび太くんとドラちゃんが
タイムマシンで第二次世界大戦時の
日本に戻り、
戦火を潜り抜け
ハナコをちっちゃくして
小さなロケットに入れてインドに送り返した。
これが書かれた時代は、
多分、昭和30〜40年くらいであったから
ちょいレトロな未来の世界から
ドラえもんはやってきてる。
だからさ、
ハナコをちっちゃくできるし、
ロケットに入れて
インドに飛ばせちゃうけど
そのロケットにはカメラも追跡機能も
ついてないから、
無事に着いたかわかんない。
のび太くんは心配しながら現代に帰る。
帰ったらインド帰りのおじさんが来ていた。
インドで遭難して気を失ったときに
不思議な夢を見たと。
「大好きだったハナコが
背負って村まで運んでくれる夢を見たんだ。
ハナコは死んだから
そんなことあるはずないのにね。」
ロケットで海を越え、
故郷のインドに帰り、
元気に暮らしていて、かつて、
自分を見に来た日本人を覚えていて、
助けちゃったりしてるハナコ。
それを読んだのは、小学生でしたけど
源頼朝がチンギスハンになり、
ハナコは幸せに生きているという
物語を作り出す人たちに思いを馳せ、
よくわかんないけど
いたく感動したのを覚えている。
しかし、今でも
それが受け継がれているみたい。
ゴールデンカムイに出てくる
尾形ってヤツがいるんだけど
尾形は妾の子で、妾である母は
尾形の父が来なくなりおかしくなって死ぬ。
不遇な育ちにも関わらず、
無課金おじさんなみのスナイパー力を持ち、
そして、正妻の異母弟、勇作を
殺してしまうという人物。
コレが、まぁ、イケメンでさ、
いいカラダをして、才能あって、
それでさ、影があるでしょ。
人気出ないわけないのよ。
しかし、尾形は最後に
異母弟を殺した罪の意識が芽生えて
自分の目を打ち抜いて自殺しちゃうわけ。
なんで、こんなことを書いているかと
申しますと
うちの上位職女子に振り回されて
残業してヘロヘロになった帰りの電車で、
その尾形が
昔の記憶を持ったまま
現代に生まれ変わり、現在子ども。
異母弟の勇作が
親戚のお兄さんに生まれ変わり、
勇作にめっちゃ大事にされてる
ヤオイマンガを見つけちゃった。
そのミニ尾形が
なんだか幸せそうで、
金カム、尾形ファンの私としては、
なんか、それを見ていたら
「上位職女子も苦労してるんだろうし、
元はエエおヒトや。ま、いいよ」って
思えてきちゃった。
多分、私たちは
元来そんな民族だったんだと
思います。
愛するものが、どうか幸せであれと
願いながら、
不遇なことや、不幸なこと、
理不尽なことにさいなまれて生きている。
ワレラハ「燃えるような
哀れなみなしご」ダカラ、
例え、フィクションのものですら、
彼らが救われて幸せになったって聞けば、
自分も救われた気持ちになる。
そして、周りを赦し、愛して、
一生懸命生きる。
私は発達の人だから、
こんなふうに思考が飛び飛びになり、
そのついでに幸せに
なったりするもんですから、
ああいうことがあまり気にならない。
発達の人って、
実は多様性に富み、個性は豊か。
能力も感受性もバラバラ。
健常者みたいに
ステレオタイプの枠に収まらないから
私たちを理解するには
3パターンじゃ足りないだろうって
思いますけど、
健常者は3パターンで
充分やっていけるから、
そんなに気に病まなくても大丈夫です。
「燃えるような哀れなみなしご」って
いうのは、アルメニア語で
最も強い悲しみを表現するらしく、
「それは、ほかの言語では
うまく表現できないほどの
深い悲しみを表す」
この本で、サローヤンが言ってた。