やっと、やっと、やっと

息子が運転免許を取得しました!


ウクライナ危機がなかったら、

ヤツに免許を

取らそうなんか考えもしなかった。


こんなにアブない世の中じゃなかったら、

免許なんかなくてもいいって

思っただろう。


だって、

息子は発達障害もあるから、

免許なんか無理でしょ。


しかし、じゃあ、

ロシアが北海道から侵攻してきた、

中国が九州から侵攻してきた、

日本は治安維持法みたいなのが

また成立しちゃって、

徴兵制が始まってしまった。


ってなったら、

山奥に逃げなきゃ行けなくて

山奥に逃げて自給自足するなら、

とにかく車はマストだよねってなって


「とにかく、免許を取りに行け」って

ムリクリ行かせました。


そっから一年、私は

発達障害がある子に興味ないことを

やらせるとどうなるかっていうのを

しみじみ味わいました。



学科のテストが全く受からない。


受からないからモチベが下がる

→モチベが下がるから通わない→

私に怒られる→

自分は行きたくないのに

無理矢理行かされたって逆ギレする。

の、繰り返し。


有効期限ギリギリになっても

受かる気配がなく、


ツイに、

旦那さんが「免許なんか

バカでも取ってるんだ」って

バカの実例を上げてキレ出した。


そのバカの実例を聞いて

「そんなバカと比べるなよ」って

めっちゃムカっとした私。


それで、何というか、

数年ぶりにボスが降臨した、としか

言えない私が出てきました。


息子が発達障害ですって言われたのは

2才だったんですが、

その時から、私は母親って言うより

ボスでした。息子は知能も劣っていたから、

言うことは聞けない。


しかし、そのまんまオトナになって

性衝動が抑えられてないってなったとき

誰が止めるかって言ったら、私になる

ワケでしょ。


私がヤメロといったら、

性衝動すら止まるくらい、

しっかりしつけないと障害児の母から、

性犯罪者の母になってしまう。

って思った私は、

ボスになることを決めたわけ。


集団でいきる動物はボスに従い

ボスの言うことを聞いて生きてきた。


人間は集団生活が長かったから

ボスに従う習慣はDNAに残っているだろう、

それを呼び覚ましてやる、って決意しての

ボスですから、ハタからみたら

さぞや鬼に見えただろうし、実際姑には

そう言われた。


発達障害児のシツコさで

ジュースだお菓子だってわめいても

私はNOを覆さず

口を塞いで、ヤツを抱えて、

人気のないところに走って行った。


とにかく、ダメなものはダメ。


ボスは絶対ってのを教えるために、

ボスのすごさを誇示しなきゃいけないから

プロレスも相撲もオセロも本気で倒したし、

一緒に公文に通って

息子より先に検定を取ったこともある。


ってな感じだったんだけど、

栄養療法と運動や、いろいろが

いい感じに効を奏して、

わりといい子になってきた。


知能も伸びてっていっても

元がアレだから、普通以下だけど、

それでも自立できそうになった。



鎖は仔象時代につけとけば

引きちぎれるオトナ象になっても

引きちぎらないって話があるみたいに、


息子も今は何一つ勝てない私の方が

強いって勘違いしたまんま

知能も伸びていい子になったから、

ボスから一転、優しい?母ちゃんに

なっていたんですが、


かわいい息子をそこら辺のバカと

比べられたことに腹を立て

ボスの私が蘇ったわけです。


息子もさすがですよね。

私がボスになったら、

すぐに察知した。


こうして、かつて性衝動を

抑えるためにとシツケた

「ボスに絶対服従」を使って

「学科試験に合格せよ」って命じた。


そしたら、奥さん、

あんっなに落ちていたのに、

次は受かったのよね。さすがボスの一声。


そのあとも

路上でもたくさん落ちて、

1年の履修期間では取れず、


延長代を6万も払い、

仮免を5回くらい落ちて

延長しても、卒検に何回も落ち

有効期限ギリギリ1週間前に

何とか合格しての免許取得だから、

さすがの私も、ダメかと思ってたんです。

だから、ブログにも一切書かなかったし。


確かに学科試験に落ちまくったときには

ボスの私が降臨したけど、

そのあとめっっっっちゃ疲れて

しばらく動けませんでした。


ボスをやるのも大変なんですね。

あんなに大変なことは、もうできないって

しみじみ思いました。


それにさ、ハタチ超えた息子に

「ボスが命令」ってバカバカしいなって

思えてきたから、息子が仮免や卒検に

落ちまくっていたときは

ボスは出てきませんでした。



結局、息子が免許を取ったのは

私が決算と監査が終わって、

倒れそうに疲労困憊していた

ときだったから、


テンション低く

「おめでとう」って言っただけで

終わりました。


翌日がPTA総会だったため、

体力温存しないと死ぬかもしれないくらい

めっっっっちゃハードな明日を

控えてましたもんですから、


息子が将来なんかあったときのためにと

ボスまで呼び出したくらい

受かってほしかった運転免許の

免許証すら見ずに寝てしまいました。



息子の自動車免許取得は

母親業の卒業証書かもしれませんね。