最近、つくづくと

育ちの良さ」とは何か考える。


って言うのは、

私は極貧→極極貧→普通って

ルートをたどって来たから

自分のルーツは極貧。

だから、今がどうなろうと、

基準はそこから動かない。



今だってお給料がいい、とか

キャリアウーマン、とか

セレブママ、とかそんなワードには

全く無縁なんですけど、

とにかく環境が変わって育ちのいい人が

増えてきた。


ああ、こういう人が

育ちがいいって言うんだなって

感心することが多々ある。


だいたい育ちのいい人は

名前がいい。


キラキラネームなしなのに、

めちゃくちゃ字画がいい。 

バランスがいい。


美、愛をつけたい響きの名前でも

違う漢字を使っている。

マジ、センスいいわって感心しちゃう。


読みやすく、

電話で説明しやすく、書きやすく、

平凡な漢字を使っているのに、

組み合わせがよくて、美しい。


その人を明確に表す漢字を

パシッとつけた人は一体誰なんだろう?って

いつも思います。



素晴らしい名前を見ると、

防人の歌を思い出す。


乾衣裾に取りつき泣く子らを

置きて来ぬや母なしにして


百人一首の名歌なんですが、

これは今でいう自衛隊の人が詠んだ歌。

名前は残ってない。


意味は

「お父さんが派遣で

遠方の警護行くことになっちゃった。

服の裾をつかんで行かないでって

泣いている子たちを置いて出立した。

彼らにはお母さんもいないのに。」



百人一首は平安時代末期から

鎌倉時代にかけて詠まれた歌を

藤原定家さんが選んだ。

有名な人もいるけど無名の人もいる。


防人は名前も残らない

辺境警備の人ですけど、

令和を生きる私の心を打つ名歌を詠い


うたは1000年残り、

1000年以上前の悲しみが

今も胸を打つ。


防人さんはどんな人なんだろう?

子どもたちが裾にまとわりつくくらいだから

子育てをしていたのかな。

いいお父さんだったのかなって、

想像する。




名前も同じ。

名付け親が誰かはわかんないけど、

健やかに賢く育つ

まじないをかけた人がいる。


目立たないけど、ここにも、ここに

バランスを考えた跡が見える。

結界を作っている。


こんな素晴らしい名前をつけたのは

一体誰なんだろう?



名付け親はこの世にいなくても、

残った名前の素晴らしさで

お人柄や知性がしのばれる。

これぞ最高の祝福。


娘の保育園が終わった時、

11年にわたる保育園送り迎え生活が

終わったもんで、嬉しさのあまり

姓名判断のお教室に通ったんですよね。


でも、よくよく考えたら、

子どもたちが生まれる前に

通った方がよかったんだけど、


さらに考えたら、

子どもたちの名前は

旦那さんが譲らなかったから

姓名判断を知っていたとて、

名前は変わらなかっただろう。


娘は私が考えた漢字を1文字追加した。


息子は75点。娘は85点ってとこ。

キラキラしてないから、

まあいいかって感じ。


しかし我が家には98点の

名を持つ人がいる。


それが私の旧姓。

アル中の父が好きな女優の漢字をもらって

つけたってだけなのに、わりと完璧。

・・・、で、これかよ。

っていう育ち、結婚をしてますから、


ま、しょせんは   

その程度っす、ハイ。

だから、息子も娘もそれでいいです。

本人は気に入っているみたいだし。


あっ、私も子どもたちも

自分の生まれや育ちにふさわしい

平々凡々な名前です。


誰からも防人や

読み人知らずの名歌などを

連想されません。笑笑