「遠きみやこにかへらばや」 | 題は未定

題は未定

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上京して部屋を探して、何とか江戸川沿いのアパート1件に入居申込できた。あとは家賃保証会社の審査に通ることを祈るだけだ。

 

部屋が決まったら次は引っ越しと車の売却に動かなくては…。

 

今住んでいる町に何の思い入れもないが、それでも都会へ出ると決めたら一抹の寂しさを感じた。

高校時代に習った、室生犀星の「ふるさと」を思い出した。

「ふるさとは 遠きにありて 思ふもの」から始まる詩の最後は確か、

 

「遠きみやこに かへらばや とほきみやこにかへらばや」

 

だったと思う。

高校時代、当時の国語の先生は、

 

「ここで言う『ふるさと』は恐らく金沢でもなく東京でもない。金沢に帰れば東京が『ふるさと』になり、東京に居れば金沢が『ふるさと』になる。つまり『ふるさと』は逃げ水のような存在で、実際の空間的な存在ではなく、作者の想像する概念、心象風景と考えるのが適当である。ただ、これが犀星の叙情詩の深いところだ…」

 

と、説明していたような記憶がある。

 

流転を重ねて50代に入ってもなお、これから離れる田舎町と、これから出ていく都会のいずれにも郷愁のようなものを感じてしまう。。