労働者災害補償保険法は、業務上及び通勤における災害に対して一定の補償を行うものです。一般的には、”労災”とよく言われているものです。盛んに利用されている一方で、事業主や医療機関が労災様式に証明をしない、いわゆる証明拒絶によって、被災者が労働基準監督署に提出できないという事態も多く生じています。
とりわけ、精神障害の労災請求は、近年右肩上がりで増加傾向にあり、令和6年では、過去最高を記録しています。令和5年比で、令和6年度は、205件増加し、3,780件の請求件数となりました。支給件数は、1,055件です。支給件数は初めて1000件越えとなりました。
精神障害の発症要因で最も多いのは、「上司等から身体的攻撃、精神的攻撃のパワハラがあった」であり、次に、「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった」となっています。
このように、直近でみても、パワハラなどの職場環境に起因する申出がなされることから、請求人が事業主へ労災様式への証明を求めても、事業主は、労災様式への証明を全面的に拒否する状況となっています。当事務所でも、多くの精神障害の労災請求を行いますが、これまで、事業主がスムーズに、あるいは、渋々も含めて証明したと言う案件は、数件しかありません。
この状況は、企業規模に関係なく、まず、依頼すると拒否する傾向にあります。職場が原因で病気を発症したことを全面的に認めたことになるではないかと、事業主側は捉えるようです。しかし、これが病気ではなく、けがですと、証明する率がぐーんと上がります。特に、うつ病や適応障害などの精神障害となると、全面的に受け入れたくなく、抵抗するのが当たり前になっています。
この過程では、様々な問題がありますが、今回は、この労災様式への事業主の証明の問題を扱います。苦労している、あるいは、疑問だ、不安だ・・・こういう状況になている方も多いのではないでしょうか。
まず、労災様式の事業主証明に関する法規定はあるのか、あるのならどうなっているのか。これを見てみましょう。
【労働者災害補償保険法施行規則23条】
(事業主の助力等)
第二十三条 保険給付を受けるべき者が、事故のため、みずから保険給付の請求その他の手続を行うことが困難である場合には、事業主は、その手続を行うことができるように助力しなければならない。
2事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない。
労働者災害補償保険法施行規則23条第2項が、請求人から証明を求められた場合の規定になります。そうです。事業主は、「・・証明をしなければならない」と規定しています。つまり、事業主の義務になっています。これが原則です。ただし、証明の記載の助力義務です。
では、会社が、業務災害と認めない、あるいは、業務災害とすることに異議がある場合でも、会社は義務だからと事業主証明をしなければならないということでしょうか。そこで、参考となると思われます次の裁判例を挙げておきます。判決の主要部分になります。
「労働者から労災申請の希望が伝えられた場合、事業主としては、その要件該当性を争っているときにまで、請求書に証明をすることその他積極的にその申請に協力すべきことが法的に義務付けられているということはできない(労働者災害補償保険法施行規則23条2項も、事業主が争っている場合にまで上記のような義務を負わせるものとまではいえない。)。また、事業主が、当該労働者と協議又は交渉を行う過程で、事業主側の立場を主張し、又は事業主側と当該労働者との円満な関係を維持してその就業を促すなどの目的のために、労働者に対し、労災申請をしないように説得することは、その内容がその目的に照らして社会的相当性の範囲内である限り、不当であるということはできない。」(下線は筆者)
【建設技術研究所事件/大阪地判平24.2.15労判1048号105頁】
請求人からすれば、なんというという感じかと思います。法律の規定はあっても、争っておるときまで証明を義務付けているわけではないということです。
さらに、この裁判では、証明義務のほか、労災申請しないように事業主が被災者を説得することはどうなのかについて説いています。企業の立場の主張、就業促進などの目的であれば、労災申請しないようにと言われても一概に不当とは言えないとなっています。ただし、「・・内容が目的に照らして・・」ですから、実際の企業の主張内容や態度によっては、証明しないとの態度は不当である場合もあり得るとは考えられます。
考え方としては、労災保険法が、労災様式の事業主証明を義務付けているからといって、該当性を争っている場合などまで、必ず労災様式に証明しなければならないとまでは言えないのだと受け止めておくこととなります。請求人からすれば、納得いかないかと思いますが、こうした裁判例がある以上は、義務だ義務だ、証明拒否は違法だとばかりでは片づけられない状況もあることを知っておくことも重要かと思います。
労災、とくに、精神障害の労災請求(申請)を試みようとしている方は、事業主の壁は大きいかと思います。でも、最終的には、労災は、事業主の証明がなくても提出は可能ですので、クリアできるかと思います。
医療機関の証明の問題は、また、別の機会に取扱いと思います。
参考になりましたら幸いです。