こんばんは(・∀・)
昨日夏目漱石の講演を収めた“道楽と職業”という文章を青空文庫で読了した![]()
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内容紹介 by Amazon
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とても興味深く拝読させていただいたのだが、気になったのが“職業学”という講座を考えていた点であった
ちょっと長くなりますが、その職業学について述べた部分を抜粋すると…
“現今の世の中では職業
私はかつて大学に職業学という講座を設けてはどうかということを考えた事がある
建議しやしませぬが、ただ考えたことがあるのです
なぜだというと、多くの学生が大学を出る
最高等の教育の府を出る
もちろん天下の秀才が出るものと仮定しまして、そうしてその秀才が出てから何をしているかというと、何か糊口
天下の秀才を何かないか何かないかと血眼
二日遊ばせておけば二日の損である
ことに昨今のように米価の高い時はなおさらの損である
一日も早く職業を与えれば、父兄も安心するし当人も安心する
国家社会もそれだけ利益を受ける
それで四方八方良いことだらけになるのであるけれども、その秀才が夢中に奔走して、汗をダラダラ垂らしながら捜しているにもかかわらず、いわゆる職業というものがあまり無いようです
あまりどころかなかなか無い
今言う通り天下に職業の種類が何百種何千種あるか分らないくらい分布配列されているにかかわらず、どこへでも融通が利く
三箇月も四箇月も遊んでいる人があるのでこれは気の毒だと思うと、豈計らん
現に私の知っている者のうちで、一年以上も下宿に立て籠って
もっとも下宿の方でも信用しているから貸しておくし、当人もどうかなるだろうと思って安心はしているらしいが国家の経済からいうとずいぶん馬鹿気た話であります
私も多少知っている
けれども今言う通り職業の種類が何百通りもあるのだから、理屈
ちょうど嫁を貰うようなもので自分の嫁はどこかにあるにきまってるし、また向うでも捜しているのは明らかな話しだが、つい
それと同じでいくら秀才でも職業にぶつからなければしようがないのでしょう
だから大学に職業学という講座があって、職業は学理的にどういうように発展するものである
またどういう時世にはどんな職業が自然の進化の原則として出て来るものである
と一々明細に説明してやって、例えば東京市の地図が牛込区とか小石川区とか何区とかハッキリ分ってるように、職業の分化発展の意味も区域も盛衰も一目の下に瞭然会得
長々と抜粋してしまいましたが、この講演が行われたのが明治四十四年、西暦でいうと1911年の状況、特に大学を卒業した学生がどんな状況が語られている
要は、職業の種類、数自体は増えているはずなのに不況で就職難の状況なのです
そこで、この状況をなんとかできないかと漱石が考えたのが大学に職業学を設けるということだった
内容は職業がどういうように文化し発展したか細かく理解させ、どんな職業があるか把握させ学生に好きな職業を見つけてもらい就職を手助けしようじゃないかと行ったことらしいのです
この夏目漱石の職業学今でいうところの“キャリア教育”にあたりますよね
やっぱり不況化で就職難に遭遇すると、そうしたキャリア教育を学校でもやろうと考える人が出てくるんだと漱石の講演を読みながら感じます
こうして漱石が語る明治の世を読むと、どことなく今とまったく似た状態になっているというか、辿っているというか、繰り返されているんだと感じずにはいられなくなる今日この頃です![]()
道楽と職業


