筆者は1986年から2007年までの22年間大学の消化器外科医局に在籍した。その間、手術手技では腹腔鏡手術が導入され長足の進歩を遂げた。1989年に開始された生体肝移植は日本で脳死移植数が頭打ちの中医療として定着し、世界へと広がった。肝切除前門脈塞栓は1984年に日本で報告され、肝胆膵がんに対する血管切除の普及と時を同じくして1990年以降国内外へと広まった。この時期は、わが国の肝胆膵外科におけるそれまでの地道な努力が一気に結実し、技術革新を遂げながら世界をリードすべく、急速に発展した時期である。

 大学在籍中、肝胆膵領域を中心に総説・著書を執筆した。読み返してみて、手術適応や周術期管理に関する基本的な考え方は、当時からほとんど変わっていないことを改めて感じた。本誌では、そのうち今読んで参考になり、基本として知っておいてもらいたい論文(総説的原著を含む)を選んだ。術前・術後管理総論、合併症治療、肝臓・胆道・膵脾外科、門脈圧亢進症など領域別の総説を読むことで、現在行われている治療のアウトラインと歴史的経緯を把握することができよう。

 筆者が臨床で注力した領域は肝不全の病態解明と治療である。掲載論文をみると当時いかに術後肝不全が日常的であったかがわかる。1995年の「外科治療」には1986年から94年までの教室の消化器外科術後肝不全9例の一覧表があるが、その後も筆者が在籍した2007年まで肝不全は後を絶たなかった。このテーマは時代そして教室の必然であった。筆者らは肝硬変例でのAT-III製剤投与を嚆矢として、炎症性サイトカインがELISAキットで測定可能になると肝切除後のマクロファージ系細胞のTNF-α、IL-1β産生能を研究し数多く発表した。その後プロスタグランディンE1に着目し、当時行われていた末梢静脈・門脈投与に代わり、肝動脈投与・SMA投与が肝再生の鍵である肝血流・酸素供給を改善し、重症肝障害に有効であることを動物実験で明らかにした。肝不全ならびにハイリスクの肝切除例に対して臨床応用し、筆者らの方法はドイツで肝移植後患者に対して追試された。

 2007年市中病院に異動し肝切除の可否を自ら判断する立場になってからは、肝不全の治療でなく、肝不全を起こさないことを絶対的な目標としてきた。的確な術前評価、門脈塞栓術、適切な胆道ドレナージと安全・確実な手術手技などが肝要であるが、結果、肝不全を経験せずに手術を遂行できている。発表のネタは減ったが、かつて数多くの肝不全を経験した者として何よりであると思う。

 この文献集を通して1990年以降20年の外科の変遷に触れることは、若手医師にとって貴重な機会となろう。臓器不全発生機序としてのsecond attack theoryは日常的に経験するし、CHDFなどの血液浄化療法についても救急科が充実し外科医が導入・管理する必要性は低くなったものの、知識は必要である。救急医とともに外科医が心血を注いで臓器不全の治療を発展させてきたのであり、これを機会に膜や回路、体外循環による生体反応など、基礎的なことを学んでほしい。

 腹腔鏡からロボット支援へと変遷する時代、外科医は“手技”に目を奪われがちである。しかし侵襲学、外科治療の学問的根拠や歴史的経緯こそ、外科医が第一に学ぶべきことであるのは今も昔も変わりない。そして、この中の何であれ、読者研究への興味をかきたてるものがあれば幸いである。

2023年3月